Revueの日記

Revueの日記

歌詞の解釈やライブレビューなど、好きな音楽の話を主に書いていきます。Mr.Childrenが中心になると思います。

【Mr.Children】SENSEアリーナツアーを振り返る

 

ちょっと前の投稿になりますが、SENSEレビューで見た「虚構性を越えた希望」が、いかに表現されているか。ツアーで演奏された曲の歌詞を抜粋し、ストーリーを振り返ります。

ミスチルの歴史の中でも屈指の完成度のライブだったと思っています。

 

歌詞の抜き方、全体の解釈はこちらのレビューでのSENSE解釈をベースにしています。

olsen-revue.hatenablog.com

 

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 【オープニング】

灰色の幕が開く。一人の少年が、誰もいない不思議な空間でルービックキューブで遊んでいる。彼がどこに行くのか、その行方を追う。

 

① NOT FOUND

僕はつい見えもしないものに頼って逃げる

君はすぐ形で示してほしいとごねる

ミスチルが虚像に縛られるもどかしさ。分かりやすさを求める観客と、分かりやすく割り切れない感情を歌にしたいというミスチルの思い。

愛という素敵な嘘で騙して欲しい

自分だって思ってた人格がまた違う顔を見せるよ

ねぇそれって君のせいかなぁ

もしかしたら虚像も活用できるかもしれないし、一度溺れてみるのもいいかもしれない。本当の自分が虚像なのか、もう境界も見えなくなってきた。

あとどのくらいすれば忘れられんのだろう?

目の前に積まれたこの後悔と憎悪

自分が積み重ねてきた虚像への嫌悪。

あぁ 何処まで行けば辿り着けるのだろう

目の前に積まれたこの絶望と希望

虚像を超えた先にある愛(I)を求める。

 

② HOWL

輝いてみえたモノはガラス玉だったとある日

気付いたとしたって宝物には変わりない 違いない

みんな「フリ」して

分かってて気付かぬ「フリ」して暮らしてんじゃないの!?

振り出しにいつ引き返してもいいやって覚悟でいたい

偽物だろうと構わず突っ走る。

ミスチルのこれまでの全てを無にしてでも進みたい。 

 

③ 名もなき詩

愛情ってゆう形のないもの 伝えるのはいつも困難だね

だから darlin' この「名もなき詩」を

いつまでも君に捧ぐ

NOT FOUNDと同じく、形にならない感情を歌(虚構)にしようとしている

 

④ I'm talking about lovin'

胸に秘めた不満も不安もさて置いて Ride! Ride! Ride!

君にしたって本能に翻弄されんのも悪くないんじゃない!?

HOWLと同じく、形にならない本能に従って突っ走ろうとする。

大きなシーソーの上で右往左往する

水面を行ったり来たり、というイメージとの繋がり。 

 

⑤ エソラ

この曲は全部の歌詞がそのまんまメッセージなんですが、あえて挙げるなら

明日へ羽ばたくために

過去から這い出すために

Oh Rock me baby tonight

ほらもっとボリュームを上げるんだ

 

ここで一端MCが入って小休止。

ここまでの流れは、

①=主題→②=突っ走る若者→③~⑤=若々しい恋愛や他者との無邪気な触れ合い。

 

⑥ HANABI

一体どんな理想を描いたらいい?どんな希望を抱き進んだらいい?

理想や希望の不安定さを理解し始める。

決して捕まえることのできない 花火のような光だとしたって

もう一回 もう一回

それでも光を捕まえようとする。

考えすぎて言葉に詰まる 自分の不器用さが嫌い

でもそれ以上に器用に立ち振る舞う自分のほうが嫌い

NOT FOUNDと同じ悩みを歌っています。希望を言葉にすることは難しい。でもなんとなくの言葉にして分かった気になるのはもっと嫌だ。

主人公は②~⑤よりも大人になり、現実の難しさを学んでくる。MCは挟んでいるものの、エソラからの流れは前作の踏襲にもなっていてうまい配置だと思います。

 

⑦ くるみ

ねぇ くるみ

この街の景色は君の目にどう映るの?

今の僕はどう見えるの?

仮の名前を使って呼び掛ける虚構性。複雑な社会を前にして迷っている自分は、以前のような純粋さを失ってしまった。

希望の数だけ失望は増える それでも明日に胸は震える

マイナスをプラスに代えるための衝動。SENSEの本質。

君のいない道の上

場面は⑥からさらに進み、孤独な道を歩み始める。

 

⑧ 花-memento mori-

負けないように枯れないように 笑って咲く花になろう

くるみのサビと同じく、辛さを背負いながら笑おうとする。

恋愛観や感情論で愛は語れない

この思いが消えぬように そっと祈るだけ

NOT FOUNDや名もなき詩と同じテーマです。

この曲からバンドの後ろにあった赤い幕が開いて、映像が流れ出す。ステージがいよいよ主人公の心の深い領域に近づいていると視覚的に伝える演出です。

 

⑨ 【es】~theme of es~

よろこびに触れたくて 明日へ 僕を走らせてく「es」

内面の衝動を信じようとする。ここまで来るとだいぶ内省的なモードに。

「愛とはつまり幻想なんだよ」と

言い切っちまった方が楽になれるかも なんてね

愛をどう形にするか、悩み続けている。

後ろで流れる緑色の球の映像が生で見たらすごい綺麗だった。

 

⑥~⑨では主人公が成長し、内省的な悩みを重ねていく。

過去のヒットシングルを連発しており、ミスチル自身の心境にとっても深海的な「虚構の累積に沈んでいく」ゾーンとして機能している。

 

⑩ Dive~シーラカンス~深海

薄いスクリーンが垂れてきて、客とミスチルを断絶させてしまう。ミスチルが内側に、深海に引きこもる。

シーラカンス 君はまだ深い海の底で生きてるの?

シーラカンス 君はまだ七色に光る海を渡る夢見るの?

自分の内に眠る古びてしまった衝動。ミスチルの可能性がまだ生きているのか、自分自身に呼び掛けている。

連れてってくれないか 僕を 僕も

その衝動への思いを重ねる。

僕を僕を…と繰り返していった挙げ句、「I」に繋がる。

 

⑪ I

深海とは一転してスクリーンが開き、前に出て攻めてくる。この辺りの押し引きはこのライブならではで楽しい。

処方された薬にすがりつく「I」

支持してくれるスポンサーに媚を売る「I」

表面的なラベルに引っ張られる。

イメージは ドロップアウトした世界

さぁどうでしょう!? 誰も見ないワンマンショー

自己陶酔的だった90年代半ばのミスチルに対する皮肉。

泣いて傷ついたふりして

気を引いてみようかなぁ 

いっそのこと自分の利益のために演じてみようか。

この曲では「目に見えないものを追う」「他者のための虚構性」というSENSEのメッセージに対して、全く真逆の内容が歌われています。自我に縛られる苦しさを叫んでいる。

 

 

 ⑫「ロックンロールは生きている」のアウトロSE~ロザリータ

深海に沈みきった主人公が、消えてしまった衝動(ロックンロール)の鼓動をかすかに聞く。

あまりリアル過ぎぬように いつの日か笑えるように

君の名は伏せるよ 匿名を使って

くるみと同じく、虚構の姿を借りることで自分の絶望を相対化し、物語として消費する。

全体の流れで見ても、一番辛い心境を切り替えるきっかけになっている部分。ロザリータの虚構性が肯定的に響くのはこの配置だからこそ。

 

⑬ SE~365日

君をめぐる抑えきれない想いがここにあんだ

365日の言葉を持たぬラブレター

例えば「自由」 例えば「夢」

盾にしてたどんなフレーズも効力を失ったんだ

言葉にならない想いを何とかして言葉にしようとする。

 

⑭ ロックンロールは生きている

深海からの脱出。

レボリューション さあ次の世界へ

ロックンロールは生きている 君のそば

自由と希望を意味している Oh Oh oh

シーラカンス(=ロックンロール的な衝動)は死んでいなかった。

氏名住所血液型なんて皆忘れていいんだ 君をすっ飛ばせ

ラベルを脱ぎ捨て、衝動だけでぶつかる。

 www.youtube.com

 

⑮ フェイク

虚しさを抱えて 夢をぶら下げ 二階建ての明日へとTAKE OFF

くるみや花と同じ感情。

体中に染みついている嘘を信じていく

ミスチルが自身の虚構性を受け入れ始める。

飛び込んでくる音 目に入る映像

暫く遮断して心を澄まして

何が見えますか? 誰の声が聞こえますか?

いつまでも抱きしめていれるかな?

視覚化できない心の内側の衝動にどこまで誠実でいられるか。SENSEにこれ以上ない、というほどドンぴしゃな歌詞です。

 

⑫〜⑭は深海からの脱出。

⑮でそうした衝動もフェイクかもしれない、と相対化しつつ、それでもそんな思いを抱きしめていたいと歌う。

 

⑯ ポケットカスタネット

もう一度自分を見つめ直す。少年も過去と未来の狭間でぐるぐる。

つないだ手が語りかける 声になる前の優しい言葉

裏表のない次元でゆっくりと今 呼吸している

NOT FOUNDから続く「言葉にならない根源的な衝動」シリーズ。

社会の厳しさを知った主人公の時間は一度止まってしまった。しかしそこから成長し、子どもの頃から消えない優しい言葉を胸に、自分の足で歩き始める。

 

⑰ HERO

ずっとヒーローでありたい ただ一人君にとっての

ちっとも謎めいていないし 今更もう秘密はない

でもヒーローになりたい ただ一人君にとっての

つまずいたり転んだり するのなら

そっと手を 差し伸べるよ

(虚像に見えてもいいから)あなたのヒーローでありたい、という結論が提示される。*1

 

⑱ 擬態

アスファルト 飛び跳ねる トビウオに擬態して

血を流し それでも遠く 伸びて

出鱈目を 誠実を 全て自分のもんにできたなら

もっと強くなれるのに。。。

現在を越えていけるのに。。。

ミスチルがトビウオという虚像(ヒーロー)になって跳ね回る。

虚構も現実も引き受けることができれば今を越えていけるというメッセージ。SENSEの主題。

⑤のエソラを最後に客に歌を振っていなかった桜井さんが、最後にコール&レスポンスを入れてきます。長い潜伏を経て「他者のための歌」がようやく帰ってきます。
擬態 / Mr.Children

 

⑲ Prelude

アルバムレビュー参照。

七色の光を放っていた夢が

しぼんじゃったとしても 顔を上げな

深く考えないことが切符代わりだ

良識やモラルなんて 今はとりあえず棚の上へ

シーラカンスが見えなくなったとしても前を向け。衝動に身を任せろ。

夢幻を振りまいて 今その列車は走り出す

汽笛を轟かせて 躯体を震わせて 光の射す方へ

CD音源にはない、最後のサビ前の叫びの連発と「さあ 耳を澄ませてごらん」。

「声」でも歌っていた「言葉になる前の叫び・衝動」を観客に投げかけ、共有しようと歌いかける。ミスチルが一方的に叫ぶだけで終わらず、それを他者の希望に変えようとトライするのがSENSEらしい。

 

EN① 横断歩道を渡る人たち

昨日の僕が 明日の僕が 今目の前を通り過ぎていく

過去と未来の境界線に立つ自分。

「自分のためにしてるだけ」だと

「誰かの気を引きたいわけじゃない」と

自分のエゴと、他者に消費される自分。

 

EN② fanfare

悔やんだって後の祭り

もう 昨日に手を振ろう

さぁ 旅立ちのときは今

重たく沈んだ錨を上げ

自分を縛ってきた過去の重りを解き放ち、新たな旅に向かう。

例えて言うとすれば僕はパントマイムダンサーです

見えもしねえもんを掴んで天にも昇った気になって

擬態と同じく自分自身を虚像として比喩し直す。

やがて風船が割れ 独り悲しい目覚め

そんな日でも 懲りずに「ヨウソロ」を。。。

そして、そんな虚像が何度壊れたとしても、懲りずに続けたい。

歓喜の裏側で 誰かが泣く定め

それが僕でも 後悔はしないよ

後悔と歓喜のシーソーゲーム。それは逃れようがないんだと受容する。

 

EN③ Forever

アルバムレビュー参照。

Forever

そんな甘いフレーズに 少し酔ってたんだよ

過去の虚構性への後悔。

きっと嘘なんてない だけど正直でもないんだろう

ともすれば ともすれば

人は自分をどうにだって 変えていけんだよ

そういえば そういえば

君の好きな僕を演じるのは もう演技じゃないじゃないから

今度は虚構性を肯定する。ライブ映像ではこれまでの演奏シーンがフラッシュバックする。

どうすれば 君のいない景色を当たり前と思えんだろう

ミスチルが「君」の希望として生きる決意と宿命を歌う。

 

主人公の少年は孤独で、過去への後悔に捕らわれた世界から、時間が動き出し、仮面を脱いで他者のいる世界へ旅立つ。

 

最後に

Mr.Childen

Tour 2011 SENSE

という字幕がスクリーンに表示される。

 

これは、幕が開いて始まったミスチルのライブが一つの演劇・ショーであり、そのエンドロールがForeverだったということを示しています*2

 

ロザリータの物語性に主人公が救われたように、エンドロールをライブの最後に入れることで、このライブ自体を一つの物語(虚構)として相対化する。*3

パッケージ化することで、スクリーンの少年やミスチル自身だけでなく、観客もまたSENSEツアーという虚構を通して他者への希望を持つこのセットリストのストーリーを自分の物として消費できるようになるのです。

 

虚構と現実の境界を行ったり来たりしながら希望を見つけていく過程が、演出と曲の繋がりで表現されている。このライブのミスチルは演奏者というより、与えられた役割をステージ上で演じる役者に近い。

 

小林武史氏の「個別の作品をパッケージする能力」「いかにSENSEを物語化して売り込むか」という(音楽家ではなく)一般的な意味でのプロデュース能力を感じるライブだったなあ、とつくづく思います。

 

こういう俯瞰視点と作り込みが両立したライブは、正直今の4人体制では難しいんだろうな、と思う部分もあります。

 

EN③ かぞえうた

当然本来の「脚本」にはない曲。しかしながら、偶然かどうか分かりませんが、「希望を感じ取って一つ一つ灯していこう」という桜井さんが震災に対して感じた想いは、SENSEの精神ともきちんと繋がっています。だからこそ、SENSE-in the field-はこの曲を軸にした「SENSEのライブ」として成立したんだと思っています。

 

余談 DVD・ブルーレイの入れ物の話

SENSEツアーのDVD・ブルーレイが入っているディスクケースには、SENSEの幕の前でイスに座って向き合う生身の男女が描かれています。人間を抽象化して描くことの多いミスチルとしては異様な感じもします。

このライブで歌われるエゴの相克や他者への希望は、全体に閉じ気味のステージ演出ではあるものの、ミスチル側だけの葛藤ではなく、観客の日常にも続くものだし、男女の恋愛に置き換えてもらっても良い。SENSEの世界観を聞き手側に引き寄せてほしい。

繰り返しになりますが、作り手のそうした思いを感じます。               f:id:olsen-revue:20170917114424j:plain

 

*1:これって[(an imitation)blood orange]のライブでの使われ方と全く一緒です。

*2:映画Split the differenceのエンドロールもこの曲。

*3:そりゃライブなんて虚構だろ、という意見もあるでしょうが、このテロップが入ることでより虚構性が強調される。