Revueの日記

Revueの日記

歌詞の解釈やライブレビューなど、好きな音楽の話を主に書いていきます。Mr.Childrenが中心になると思います。

【My Little Lover】evergreen 最高傑作

 

1995年12月5日発売の1stアルバム。累計280万枚近い彼ら最大のヒットアルバムにして、90年代J-POPの最高峰。全く古びておらず、タイトルに恥じない普遍性がしっかりと埋め込まれている。収録数は10曲と少ないですが、小林武史氏が練りに練り込んだ隙のないポップミュージックが広がっています。

 

先行シングルだった「Man & Woman/ My painting」「白いカイト」はいずれも50万枚超え。「Hello Again~昔からある場所~」は180万枚を超える大ヒット。デビュー当初は、音大生だったボーカルakkoとギター藤井謙二の2人組でしたが、今作リリースに合わせて小林氏も正式メンバーとなっています。*1

とにかく「良いポップス」がコンセプトなので、あまりご託を並べる余地がないユニットです。

 

一部の楽曲を除き、作詞作曲編曲を小林氏だけで担っています。

1. Magic Time

キーボードと打ち込み。浮遊感のあるギターに軽やかなストリングスとブラス。フィリーソウルっぽい。

静かな滑り出し。大きな展開はなく、この曲自体がアルバム全体のイントロ、カウントダウンという感じ。

まるでヴェールがかった 夢の向こうに
近づいてる 秒針の音が聞こえる

それは今 大好きな歌 乗せて走る
悲しみさえも ひきつれて どんな日常もぬけて

 

Magic Time

Magic Time

  • provided courtesy of iTunes

 2. Free

モータウンサウンド。小林氏は「自分の関わるアーティストについては、アルバムを買ってくれた人への感謝としてシングル級の曲を必ずアルバムに忍ばせる」と発言していますが、今作だとアレンジのクオリティ的にもこれかなと思います。

静かなMagic Timeの空気から一気に舞い上がるストリングスのイントロ。

失恋した女性が等身大の日常から宇宙にまでテンポよく視点を切り替えていく、その歯切れの良い切なさをakkoが軽やかに歌い上げています。

それはまるで パズルと迷路
あなたのせいで 空っぽになった心に 力をあたえて そして

自分のスタイルをもって 得意のスマイルいかして
あなたがいない私はFree

センチメンタルっぽいナンバーいっぱい並べてもおいて
一晩中泣き続けてもFree

と一番では強がっていた彼女ですが

セルフコントロールして 教えかなんかすがって
求める一人よがりのFree
でも本当は知ってるの 前から分かってたの
あなたがいなけりゃ ただのFree

Ah 神様 未来はどこにあるの

2番ではFreeが孤独の意味に。

好きなだけ抱きしめて
欲しいだけ求め続けて
昨日とか明日とかなくなるのがいい

大サビで「今さえ良ければ」と心が向いて、

社会全体の行く先も 宇宙全体の終点も
どこまでたどり着けるかもFree
LALALALAって夜中に 一人鼻歌して
あなたのことを想い出すFree

どんどん広がっていった感情が、ちゃんと最後に1番サビの「真夜中の歌」に帰着する、日常のポップスに引き戻す構成。

ここで歌われる「自由であり不自由なfreeをどう落ち着けるか」というテーマが、今作の各楽曲の世界観の起点になっていきます。

 

Free

Free

  • provided courtesy of iTunes

 3. 白いカイト(Album Version)

超名曲。akkoのボーカルの中性性、少年の様な純粋さが凝縮された一曲。個人的にMy Little Loverで一番好きです。

跳ねるエレキギターとスネア。Bo Didley beatを引用する辺り、古き良きポップスに対する意気込みを感じます。キーボードが入ってくる一瞬で景色が夏に変わる、この鮮やかさはまさしくイントロ大王ここにあり、という感じ。

悲しみの言葉は 全部すてたい
愛はひとつの言葉では 語れないけど
悲しくなる程 誰かを愛したい
それに気づかぬフリをして 時は流れた

Freeからの流れで聞くと、この歌い出しが、失意の中で普遍性を求める女性が幼少期の純粋な感情を思い起こす展開にも取れます。

空は夏の色に染まる 白いカイトも揺れている
心の中つないだ恋のタイトロープ渡りたい

その純粋さの象徴が、空に舞い上がるカイト。「夏の色」としか言っていませんが、私には晴れ渡る青空に聞こえます。

一方、2番では「暗闇の中で焦る感情」に主人公の心境を振った上で、

雲の切れ間からこぼれる 輝く予感を集めて
ここで今 鼓動打ち 呼吸してる oh my soul

と空に雲がかかり、それが晴れる予感を感じさせ、

夕暮れの空に向かって 少年はカイトを上げてる
まるで地球と話をしてるみたいさ なめらかに

夕暮れという時間経過を示しながら、「広い海(地球)と舞い上がるカイトの対比」にスケールを広げる。

銀色の波に向かって 白いカイトは揺れている
まるで宇宙とダンスをしてるみたいさ 永遠に

銀色とは月明かりのことでしょう。夜になってさらに上がるカイトは、星空と対比されることで必然的に「宇宙とダンス」に繋がると。1番で「世界」に置いて行かれていた自分は、宇宙とリンクして自由を手に入れる。

夏空→雲→雲間の光→夕暮れ→夜(世界→地球→宇宙)の流れで自然のエネルギーを感じていく。曲の高揚感が増すのに合わせて、聞き手の視点上昇と時間経過をリンクさせる。この巧みな構成があるからこそ、最後のカタルシスが生まれるんだと思います。*2

 

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4. めぐり逢う世界

作詞は小林武史AKKO

イントロSE終わりの力強いピアノに小林氏の充実感を感じる。サビに入ると藤井謙二のギターが自由自在に動き回っています。ここまで明るいポップスが続いただけに、低音なAメロからサビで一気に伸び上がる展開が耳に残ります。強烈なシングル2曲に挟まれたアルバム曲ながらも全く見劣りしない存在感で、当時の小林氏の勢いを存分に示しています。歌詞はかなりストレートなラブソングです。

平凡な毎日の 隙間を抜け
あなたのすべて Lu Lu Lu… 守るの  

5. Hello,Again~昔からある場所~

作曲は藤井謙二小林武史

心に染み渡るイントロは藤井謙二の大仕事。これだけでJ-POPの歴史に名を刻んだと言っても過言ではないでしょう。小林武史が関わった全ての作品の中でも、最高傑作ではないでしょうか。サビの転調がたまらない。シンプルさを突き詰めた楽曲。

小林氏が2015年の「re:evergreen」発売時のインタビューでこの曲について、「ミディアムテンポの8ビートが外国人にはバラードに、日本人にはフォークロックに聞こえる」と話していたのが面白かったです。確かに日本歌謡のど真ん中という感じ。長年山下達郎を支えた青山純氏のドラムも素晴らしい。

いつも 君と 待ち続けた 季節は
何も言わず 通り過ぎた
雨はこの街に 降り注ぐ
少しの リグレットと罪を 包み込んで

泣かないことを 誓ったまま 時は過ぎ
痛む心に 気が付かずに 僕は一人になった

"記憶の中で ずっと二人は 生きて行ける"
君の声が 今も胸に響くよ それは愛が彷徨う影
君は少し泣いた? あの時見えなかった

過去の純粋さを失う痛みと向き合いながら、前を向こうとする。もがくうちに冷たい雨の降る季節は過ぎていった、という歌詞。innocent worldっぽいなといつも思います。

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6. My painting

ここからB面という雰囲気。フレンチポップ風。シンセがありギターがありストリングスがあり。Hello, Againの次に来る選曲ってすごく難しいと思いますが、あえて振れ幅を付けてきた感じ。

恋のため 愛のために
夢とわかっても信じたい
恋のため 愛のために
自分の気持ちを信じていたいから

Wait 誰より好きでも今のままがいい あせらずに
Stop 答えはないけど私 Single girl

いつか Happy girl

freeの等身大な女性像が帰ってきましたが、白いカイトからhello againまでの3曲で「純粋さを直視した経験」を積んだだけに、freeの時の迷いに対して、今の自分への肯定感が増している。

7. 暮れゆく町で

作詞はAKKO

ようやく落ち着ける、女性目線の別れのバラード。他の曲に比べてボーカルがちょっと固めで、主人公=akkoの成長を示している?音数も少なく、箸休め的なポジション。

8. Delicacy(Album Version)

Hello, Againのカップリング。ファンキーなギターとブラス。ベースも動いて、楽器も色々鳴っていてサビのメロディも複雑だけれど、ごちゃごちゃしていない。不思議なバランスです。

何だかんだ言っても 誰かを求める事で
喜んだり喜ばれたりしている
たぶん平行線みたいに見えるけど 干渉ばっかしてる
もどかしくも 少し興奮したりね するわ

日常生活の中の共感や干渉を大切にする小林氏らしい歌詞。

1+1=2だって数字を考えた人も きっと恋愛じゃ
そんなにうまくはいかないかもね
教えられた事と 知りたい事はいつでも
アア 少しずれてる それはデリカシーがいる事

「教え」を求めていたfreeへの回答。理屈を越えた恋愛の駆け引きというテーマがそのまま次の曲へと繋がります。

9. Man & Woman

デビューシングル。爽やかなアコギと巧みなホーンアレンジ。

サビの言葉の詰め込みっぷりの無敵感。不安定なakkoのボーカルが、ゆらぐメロディにスリリングに乗っていく快感。恋に落ちる瞬間の不安とときめき。どこかaikoの「花火」にも通じる物を感じます。

悲しみのため息 ひとり身のせつなさ
抱きしめたい 抱きしめたいから Man & Woman
愛してる 愛してるって言っても
好きだから 好きだからって言っても
きっと言葉だけじゃだめだよ Man & Woman

 

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言葉を越えた感情の高まり。恋愛や別れといった日常の心の機微を磨き上げたポップスとして歌うのがMy Little Loverであり、簡単な言葉の集積であっても、音とメロディの力で普遍性に迫ることはできるんだなと改めて感じます。

10. evergreen

表題曲にして、明らかに異質で壮大なスケールを感じさせる作品。小林氏の自然をモチーフとする歌詞の源流でしょうし、音楽の力でエバーグリーンにたどり着きたい、という小林氏からのシンプルな決意表明とも言えます。

枯れ葉落ちてく 木枯らしが吹いてく 長い冬を越えて
自分の中 春が訪れて 夏は来る

永遠の緑は 心に広がってる
そう信じていたい いつの日にも どんな時でも
evergreen with you

 【総評】

ストリングスとピアノで派手に仕上げる傾向の強くなった小林氏の2000年代後半のプロデュースは見る影もなく、曲ごとに適切に足し引きをしており、特にブラスと細かなギターカッティング(これは藤井氏の貢献が大きいでしょう)をアレンジの中心に据えています。

改めて聞き直してみて、小林氏は当然として、藤井氏の豊かな音色がマイラバらしさのかなりの部分を支えているんだなと思いました。

そもそも意外なことに、生のストリングスが入っているのがMagic TimeとMy paintingしかない一方、全曲に打ち込みが入っています。小林氏は「制作をかなりのペースで進めていた」旨を語っていますが、どちらかというとパソコン内で練り込んだ曲作りであり、こうしたスタンスは作品単体でストーリーを完結させ、ライブを重視しないユニット自体のコンセプトとも一致します。*3

Man & Womanで触れたように、難しい概念を持ち出さず、分かりやすい言葉と日常を起点にしつつ、哲学的なテーマにまで深みを持たせる。My Little Loverの目指すポップミュージックの魅力が最大限込められた作品です。

*1:ちなみにこの頃、小林氏が面倒を見ていたミスチルはAtomic Heartツアーを終え、初のスタジアムとなる空ツアーをこなしつつ、シングルはesにシーソーゲームにと、どんどん上昇気流に乗っている時期でした。evergreen発売直後の12月下旬から、NYでの深海レコーディングが始まります。

*2:なお、2009年のap bank fesに出演した際に映像化されたこの曲のパフォーマンスも素晴らしかったです。テンポを落とし、音数も減らしたバラード調のアレンジで、原曲のある種のギラギラ感が薄れている一方、確実に成長したakkoの歌唱、包み込むような小林氏の演奏、適切に曲を盛り上げるストリングスと小倉博和のギター。そして何より、珍しく感極まった様子の小林氏と、ビシッと歌いきって満足そうな笑みを浮かべるakkoという元夫婦の表情の対比が、彼らのウエディングアルバムでもあったこのアルバムを優しく振り返っているように見えて、大変グッと来ます。

*3:生音をふんだんに盛り込んだre:evergreenはこうした性質との対比になっているとも言えます。