Revueの日記

Revueの日記

歌詞の解釈やライブレビューなど、好きな音楽の話を主に書いていきます。Mr.Childrenが中心になると思います。

【Mr.Children】tour miss you 消えた声との再会

6年ぶりに更新します…!

Mr.Children tour 2023/24 miss you」

 2024年1月21日、高崎芸術劇場での公演を見て、久々にミスチルについて書きたくなりました。声出しをどこで復活させるのか、きっちりと考えられたセットリストだったからです。ネタバレありで綴ります。

 

 リード曲「I MISS YOU」で吐露したように、コロナ禍で聞いてくれる「君」が見えず、「声」も聞こえない。そんな苦しみの中で、音楽を続ける意味を自ら問いかけ、目の前の日常に希望を見出す。アルバムもライブも、まとめるとこんなテーマだったと思う。

 

 開演前からmiss youな選曲をしていた。ジェームズ・テイラーの「Fire and Rain」。自殺した幼馴染に向けた曲で、死、日常にあった光の喪失、届く宛のない歌と、アルバムの世界観にぴったりだ。訳は適当に付けました。

昨日の朝、君が逝ってしまったと彼らは教えてくれた
Just yesterday morning, they let me know you were gone.

けさ散歩しながら曲を書いた 誰に送るのかわからないこの曲を
I walked out this morning and I wrote down this song,

I just can't remember who to send it to.

陽の光に包まれた日々を見てきた 終わるなんて思っていなかった 
I've seen sunny days that I thought would never end.

友達が見つからなくて寂しい思いもしたけれど

君にはまた会えると ずっと思っていた
I've seen lonely times when I could not find a friend,

but I always thought that I'd see you again.


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 ライブの入場曲はショパンの「別れの曲」。喪失や不在が繰り返し印象付けられる。

  1. Birthday

  2. 青いリンゴ

  3. 名もなき詩

  4. Fifty's map〜大人の地図

  5. 口がすべって

歴史なんかを学ぶより 解き明かさなくちゃな 逃げも隠れも出来ぬ今を

悔やんでばかりいたって意味がないぜって 歌ってた僕は今もいる

どれほど分かり合える同志でも孤独な夜はやってくるんだよ

自分らしさの檻の中で もがいてるなら 僕だってそうなんだ

どこにも逃げれない そう過去にも未来にも

孤独の意味を知った友よ 同じ迷路で彷徨う友よ

 ここまで「ミスチルのライブっぽくないなぁ」と思いながら見ていた。観客の歌声=コールアンドレスポンスが決定的に欠けていたからだ。ライブ初披露となったBirthday、合唱になりそうな2番サビ後の「オーオー」を桜井さんは歌わず、観客にも振らなかった。名もなき詩サビの観客丸投げもない。桜井さんが1人で歌い切っていた。

 序盤の選曲に通底するのは、自分に対する焦燥感だ。今しかないと言い聞かせながら、自意識に囚われ、次の一歩が踏み出せないでいる。

  6. 常套句

君に会いたい 何してますか 気分はどう

君に会いたい 愛しています 君はどう

 暗闇に光が僅かに差す、重苦しい演出と共に歌われる。この曲の主人公は、ありふれた「フレーズを繰り返す」I MISS YOUが皮肉った自分自身。去っていった「君」への思いを延々と吐き出している。

 ライブは、コロナ禍の声出し制限を引きずるかのように、観客という「君」が不在のまま進む。Mr.Childrenは観客との対話を拒み、殻に引きこもったまま、miss youの再現パートに入る。

  7. Are you sleeping well without me?

  8. LOST

  9. アート=神の見えざる手

  10. 雨の日のパレード

  11. Party is over

  12. We have no time

 全曲が新曲かつ、アルバムで初出しとなったmiss you。この作品は今まで「誰かに共有されるもの」ではなかった。自宅や移動中、イヤホンやスピーカーで、1人で聞いた体験から、誰もがこのアルバムとの関係を始めている。内省的な歌詞と、シンプルかつ作り込まれた音像は、ライブ再開が見通せない中、桜井さんの自問自答から生まれたものだ。

 手拍子も歓声も抑え気味の、座ってじっくりと聞くホールツアーの空気が、音楽だけでなく、コロナ禍の制作環境/聴き手の視聴環境を再現していく。

Are you sleeping well without me?

望まれたことに応えたいだけ ワクワクしたいって君が言うから

君と過ごす日々をスライドショー 何度もリピートで

今日も笑ってる映像 メモリいっぱい貯め込んでく

初めから 君が書いたシナリオの通り

泣いてる人の前で シャンパン開けてはしゃぐような 君じゃないだろう

僕の見えない場所で 僕の知らない誰かと

 アルバムもライブも、曲の並びは変わらない。注目したいのが、5曲全てが「不在の君」についての歌である点だ。過去の君、仮想の君、去ってしまった君。「目の前の君」との対話は周到に回避され、内省に徹している。桜井さんが椅子に座ったまま歌い始め、メンバーと隔絶したステージ後方で暴れるアート=神の見えざる手は、内省の極致にある。*1

   13. ケモノミチ

鼓膜でくらうロックンロール

その耳にだけ残るように 声もなく 歌う

声もなく叫ぶよ

 ライブで共有されない個人の視聴体験。声を出せないまま心の中で叫ぶ。そんな当時の状況が歌われている。

君に Love Song を送ろう

 内面を掘り下げてきた視点が、初めて「君」に向かう。この歌詞がアルバムにおいても、ライブにおいても重要な転換点になる。


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 アルバムでは、続く「黄昏と積み木」「deja-vu」「おはよう」で「君がいる生活」を、ちょっと生々しいまでに描く。歌われるのは、抽象的な愛や希望ではない。桜井さんの個人的な日常を通して、自問自答の外にある他者との接触を描いている。

 一方、ライブのセットリストは、アルバムと違う展開を見せる。「君がいる生活」とは

別の君=観客を見出していく。

   14. pieces

失くしたピースで空いてるスペースは何かの模様にも思える

消えてなくなっても なくなりはしないだろう
君と共に生きた奇跡 さぁ 次の余白に続きを描こう

 喪失を受け入れ、バラバラになった現実と向き合う、心境の変化が歌われている。

   15. 放たれる

閉じ込められてた気持ちが 今静かに放たれてゆく

重たく冷たい扉を開けて 微かな光を感じる

遥か遠い記憶の中で あなたは手を広げ 抱きしめてくれた

もう二度とその温もりに その優しさに触れないとしても
いつまでも消えない愛が ひとつあるの 

心は空に 今そっと放たれる

 賛美歌に似たイントロ。深い海から聞こえるような静かな歌い出し。朝日と共に花を咲かせ、すぐに枯れてしまう朝顔。地中に埋まった悲しみと対比される、朝顔の蔓が空に向かって伸びるイメージが、悲しみに沈む主人公が視線を上げ、希望の光を見いだす過程に重ねられる。

 ステージ脇に設置された枯れた木のセットから光が差す。miss youの世界を象徴するこの木は、ツアーができなかったSOUNDTRACKSの墓標のようでもあった。

 「過去の君の記憶」を媒介に、自問自答から解放されるこの曲の主人公。その姿が、声を出せなかったコロナ禍のライブ風景から抜け出す第一歩となっている。

  16. 幻聴

遠くで すぐそばで 君の呼ぶ声がする
そんな幻聴に 耳を澄まし追いかけるよ

 自分の外にある「君の声」=ライブの観客という「幻聴」が近づいている。しかし、いつものライブだったら「オーオー」の大合唱が響く間奏やアウトロで、桜井さんは観客に歌を振らなかった。どんだけ焦らすんだ。

   17. 声

たまらなく君に逢いたかった

 常套句の呪いのフレーズを反芻しながら、今回のライブで初めてコールアンドレスポンスが行われる。消えた声が帰ってくる。

 この声はアート=神の見えざる手の主人公や、ケモノミチの「仕返しだけが希望」に代表される、SNSに並ぶような刺々しい言葉ではない。

受け止めてくれる誰かがその声を待っている

 ケモノミチで吐き出された、自分に向けた「声なき叫び」は、誰かのために発せられる声に変化している。曲の最後に、マイクを介さない生の声でコールアンドレスポンスが繰り返され、桜井さんは観客に「ありがとう」と直接叫ぶ。コロナ禍では不可能な、ホールの距離の近さを活かした「目の前の君」との対話が、本当に成立している。

   18. Your Song
 声から繋がるように演奏が始まる。イントロで観客に叫ばせ、サビを丸々歌わせる。桜井さんの「声なき叫び」は、観客の声に、そして歌に変わった。

また時には同じ歌を口ずさんでいて
そんな偶然が今日の僕には何よりも大きな意味を持ってる

これをみんなで歌うというね…。このライブのために作られたのか、というくらいぴったりの歌詞。

  19. おはよう

これからはいつだって君がいる

 夜が来ても、この声は消えない。ステージの背景に星が輝き、もう一度朝日が差す。アルバムとは違う形で、Mr.Childrenが「目の前の君」を取り戻すエンディング。

  【アンコール】
 I MISS YOUを演奏しない今回のライブ。理由の一つは、続くMCで曲のテーマと、その答えを言い表しているからだろう。「どんな歌を歌えばいいのか迷う。そんな時にこんな曲を歌っていきたい」。

  en1. 優しい歌

 ポイントは、コールアンドレスポンスが当然期待されるこの曲で、客席に明かりを入れず、サビでも煽りを入れない点。空白の音、観客の「声の不在」が強調されている。聞いてくれる人が誰もいなくても、「おはよう」で確信したように、脳内には「君の声」が響いている。だから、もしまたコロナ禍のようなことが起きても、誰かとの別れを経験しても、自分の中の音を頼りに活動を続ける。そんな決意表明に思えた。

 「半世紀へのエントランス」ドーム公演のアンコールを思い出していた。ライブが長い期間できなかった。だから「ここにいないあなた」のために歌う、というMCに続く「Your Song」と「生きろ」。Bank Band版にも似た、穏やかな優しい歌のアレンジは、死者に向けた歌でもあると思った。

  MC
 田原さんの「ライブができない間、誰得ラジオに送られてくるファンのメール、日常報告がいかに支えになったか」という話、JENのコールアンドレスポンス。コロナ禍で途切れた演者と観客の関係が修復されていく。

  en2. The song of praise 

ここにある景色を讃えたい

 「ライブでみんなと歌う姿をイメージして作ったけれど、ツアーが中止になってしまった。誰かを讃えあう声を聞かせてほしい」

  en3. 祈り~涙の軌道
 今回のツアーで[(an imitation) blood orange]からの選曲が多かったのは必然だろう。あのアルバムは、震災後の日本でMr.Childrenが何を歌うべきか、悩みながら作られた作品だ。あの当時、桜井さんは一時的に曲が作れなくなった。祈りはそこから生まれた最初の曲だった。巨大な喪失に続く小さな一歩。コロナ禍を経て、音楽を鳴らす意味を問うたツアーの締めくくりに相応しい。

迷ったら その胸の河口から

聞こえてくる流れに耳を澄ませばいい

悲しみが 寂しさが 時々こぼれても
涙の軌道は綺麗な川に変わる
そこに 笹舟のような祈りを浮かべればいい

 このライブで経験した「対話」を、日常に持ち帰ってほしい。暗闇で歌った常套句の演出は消え、観客に希望を託すように、ステージを照らす明かりが客席に差し込んでいく。

 目の前の現実を讃えること。病気や戦争、メンバーもファンも高齢化してきて、以前よりも死がリアルに感じられる今、生きてまた出会える喜びを、piecesや放たれるで訴えた「生きる奇跡」を噛み締める。他者との諍い、戦争を題材にした「口がすべって」が選曲されたように、今回は命が一つのテーマだったように思う。思えばこのライブはBirthdayから始まったのだった。

その命を讃えながら今日を祝いたい
そして君と一緒に歌おう

消えない小さな炎を
ひとつひとつ増やしながら

心の火をそっと震わせて
何度だって僕を繰り返すよ
そう いつだってIt's my birthday
そう いつだってIt's your birthday

【個人的に良かった曲】
・アート=神の見えざる手の中盤以降、CD音源から大幅にアレンジされていて、ドラムがドコドコ入ってくる場面でかなり興奮した。SUNNYと一対一で歌うのかな?と想像していたが、がっつり全員が演奏していた。
・We have no timeのサックスこんなカッコよかったのか…。
・piecesのナカケー、CD音源と変わらず良い。
・常套句までの前半、ケモノミチまでの中盤、おはようまでの終盤の3部構成で、具体的に「座って」とか「立って」とは言わないまでも、程よいMCで客席をコントロールしていた。何も言わずに総立ちにさせる幻聴のイントロ力!

*1:ちなみに、このゾーンの前のFifty's mapと青いリンゴの歌詞には「仲間」がいる。