Revueの日記

Revueの日記

歌詞の解釈やライブレビューなど、好きな音楽の話を主に書いていきます。Mr.Childrenが中心になると思います。

【Mr.Children】新曲「here comes my love」感想

 

f:id:olsen-revue:20180119005724j:plain

 

Mr.Childrenの新曲「here comes my love」が1月20日より配信開始。

 

前回投稿からだいぶ間が開いてしまいました。

公式の歌詞も無い状態ですが、思ったことを書いていきます。

 

①音:新たな定番サウンドの確立

ざっくり言って、ノブナガ→Be Strong→足音→Starting Overの系譜にあると思いました。乾いたバンドサウンドと軽やかなストリングス。JENの良い仕事が続いています。

 

「himawari」はラウド寄りに振れた特殊な試みでしたが、この曲で持ってセルフプロデュース化以降のMr.Childrenが目指す音の方向性がだいぶ見えてきた感じがします。

 

ロックバラードというジャンルで言えば、「Everything(It's you)」、あるいは音的には「Starting Over」に近いですが、Bメロでスッと抜いてきたり、イントロのピアノ、熱いギターソロと、一曲の中で色んな表情を見せてくれるのが今作の特徴でしょう。

 

Everything(It's you)では、制作時に最後のサビを転調させるか迷った上で、あえて転調を避け、演奏の力強さで聞かせる道を取りました。ギターソロで感情を溜めて、最後のサビで爆発させる。今作もパターンとしては近いですが、最後のサビに至るまでの諸々の小技や演奏の押し引きの妙が、この間のバンドとしての成長と言えるでしょう。音を足すだけではない感情の揺さぶり方というか。

 

例えばサビに関して。AメロBメロのゆったりとした譜割りからすると、一気に言葉を詰め込んでたたみかかけてきます。静かなストリングスとギターが曲を盛り上げる一方で、Bメロまでかっこよく聞かせてきたJENがスッと下がる。全体として過剰ならないバランス。

2番以降フルートやホーンを脇に混ぜ込み、来るべき希望を予感させていきます。この辺はヒカリノアトリエの良い影響を感じさせます。

希望を胸に吸い込んだら 

2番サビでhere comes my loveの代わりに韻を踏みつつ歌う「希望を」「吸い込んだら」。ファルセットの開放感と歌詞がリンクしており、非常に感動的です。

 

もの悲しく始まりながら、階段を一段一段上るように次第に希望の光をつかみ取っていく。セルフプロデュースでもここまでドラマチックに、ダイナミックにアレンジできるのか、と嬉しくなりました。

また、「himawari」にカップリングで収録した「終わりなき旅」の音作りも、今作に繋がってるなと。正直、あの演奏聞いた時はなぜこれをわざわざ…という感じでしたが、遡って納得感が出てきたなと思いました。

音源ではギターソロを弾いてるのは桜井さんでしょうか。ライブでどうなるんでしょう。

 

やはりこの曲を連想。

 

 ②歌詞:終助詞の「な」と「ね」

いつかたどり着けるよね

この最後の一言にドキッとさせられた人も多いはず。この部分のテクニックを紐解いてみます。

 

innocent worldは「会えるといい」ではなく「会えるといい」だから感動的なのだ、という考察が昔からあります*1

「な」という終助詞は、問いかけの言葉でありながら自己完結的なニュアンスがあり、相手に同意を求める「ね」とは異なります。

innocent worldという曲は(自分の)胸に流れているメロディー(純粋性)に対する郷愁と陶酔に対する叫びであり、本来他者に対して閉じた悩みを主題にしています。だから、「いいな」で終わる。

そして、この曲が面白いのは、こうした性質にも関わらず、メロディのポップさで押し切って「閉じた感覚をみんなで共有できてしまう」点。本来内的なはずの「いいなぁ」という呟きを、デカイ声で叫ぶ気持ちの良い違和感。この捻れた感覚こそが、innocent world最大の魅力と言えます(めっちゃ私見です)。

here comes my loveに戻りまして、

やぶり捨てようか
いや 初めからなかったものって思おうかな 

今も僕は君を正しく導いてるか

1番の頭と2番の頭に出てくる「君」に対する問いかけです。「な」です。自己完結であり、自身が勝手に言ってるだけの決意表明です。

他の箇所で「君」に関わる部分を抜き出してみると、

この海原を僕は泳いでいこう 

その海原を誰もが泳いでいるよ

また愛する人の待つ場所へ

数え切れない偶然が重なって 今の君と僕がいる

君のそばにいるよ

また君と泳いでいこう

と次第に自己言及的な、「な」な姿勢から「君」と向き合う方向へ近づいていきます。それでも、「君」に直接問いかける言い方を巧妙に避けています。最後のサビで「君と泳いでいこう」となり、ようやくここまで来たかと。

そして、最後に(恐らく桜井さんは自信たっぷりに)「たどり着けるよ」と持ってくる。遂に「僕」が「君」と向き合う。一方通行で閉じていたストーリーが外に開けるとともに、「僕」の目線が安全圏にいたはずの聞き手へと突然向けられる。だから印象的に響く。

主題歌となったドラマは、妊活に悩む妻とあまり理解のない夫の話のようです。夫が不妊を自分の問題として捉え、2人で向き合うようになるストーリー(だとすると)、この歌詞構成がドラマの展開を補完しているのかもしれないと思います。

 

足音の続き

ドラマのテーマ的に精子卵子を意識させているのは当然として、桜井さんがその舞台に選んだのは「海原」。壮大な曲調のサビに持ってきて、「鯨」や「ピノキオ」「灯台」に絡めている。

「かつて見た夢の地図を破る。それでも進もうとする」と言われると、BUMP OF CHICKENの「ロストマン」も思い出します。自分では歌わないと公言しながら、去年のap bank fesでついにカバーしたこととも、アイデアとしてはどこかで繋がっているのかもしれません。

REFLECTION後の最初のシングルとなった「ヒカリノアトリエ」は人生の行進曲でした。雨が降っても、歩き続ければ虹は見えるかも知れない。だから、歩みを止めない。

輝く光じゃなくても

消えることのない心の明かりはいつも

君を照らしている

ヒカリノアトリエ同様に、今回の歌詞からもまた、枯れていくかもしれない自分の才能を見つめつつ、情熱を失いたくないという桜井さんの思いが感じられます。

足音、REFLECTIONで新しい靴を手にしたMr.Children。次のアルバムは、「その歩みを止めない」との決意に溢れた作品になりそうだと感じました。

*1:詳しくは別冊宝島の「音楽誌が書かないJポップ批評17 “イノセントワールド大全”」に記載があります。

【藤巻亮太】北極星 キレが戻ってきた

 

2017年9月20日発売の3rdアルバム。

本人も自信作と言うように、初期~中期レミオのような伸びやかでキレの良い曲が復活しつつあります。

「完全復活」とまでは言わないですが、久しぶりの快作だと思います。先日ライブに行って熱が再燃したこともあり、現在改めてヘビロテ中。

            f:id:olsen-revue:20171213004611j:plain

アイランド以降、「もう踏ん切れた」と発言しては「やっぱり迷いが…」と撤回し、ふらふらし続けてきた彼ですが、ここまで自信を持って音を鳴らせているのは本当に久しぶりなんじゃないでしょうか。

 

かつてレミオが好きだった人、ソロになって迷走気味の時期に離れてしまった人にも、今の藤巻氏が良いコンディションで制作できていることを知って欲しいなと思います。

 

本人もインタビューで自己分析しているように、1stアルバム「オオカミ青年」は、レミオロメンの反動として藤巻氏のダークな側面を全面に打ち出した「ソロらしい」作品でした。

そこで言いたいことは言い尽くしてしまって、空っぽになって3年半制作が止まる。で、長いトンネルを抜け、「レミオとの差別化を図る必要なんて無い。縛られる必要はない」と開き直った末に完成したのが2nd「日々是好日」。

 

今作はこれらの経験を起点に、1st・2ndの陰陽をバランス良く取り込んで、ソロになってから彼が続けてきた「旅」の風景も曲に結実させている。

 

悩んで立ち止まって制作もストップしてしまうのが藤巻氏が嵌る悪いパターンですが、今回は実に自然体で、のびのびとしています。ネットでインタビューを呼んでいたら、小林武史氏からも至言をもらっていたようです。

藤巻亮太「北極星」インタビュー|変わるべきは他人じゃなくて自分 自然体で生まれた「北極星」 (3/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

今回このアルバムに向かう直前ぐらいの時期に「お前はあまり理屈っぽくならないほうがいいよ。お前はさ、関東近郊の山のあるところで育って、でもRadioheadが好きでさ。ああいうよくわかんない感じがいいんだよ。あまり“洗練”に向かうなよ」と言われました。

フォーキーで田舎くさい雰囲気を漂わせながらも、イエモン的なポップロックをベースにレディへとかビョークまでもを混ぜ込んだのがレミオロメンであり、藤巻亮太の世界観です。

 

ソロアルバムも3作目ともなれば色んな作業もスムーズになってくるし、自信も付いてきたんでしょう。彼らしさが存分に感じられる仕上がりになっています。正直、私もこの間何度も心が離れかけましたが、よくぞここまで戻してくれたと嬉しく思います。

 

ベースに前田啓介、ドラムに神宮司治、編曲に小林武史を起用する曲もあり、本来の藤巻氏が力を発揮できるメンツをうまく当て込みながら素直に曲と向き合っている印象です。(作品に自信があるからこそできるオファーでしょう)

 

その意味で、2ndの延長線上にあるとも言える。ただ、2ndは底抜けに明るく聞こえるものの、ちょっと深みに欠くというか、個人的には物足りず、正直私はすぐ聞かなくなってしまいました。

 

2ndは1st制作後の暗いトンネルを抜けた先にある光を描いているけれども、視界に映るのは明るさばかりで、全体に景色が白んでいる。そうした印象が拭えないのが原因だと思います。前向きではあるけれど、細かな具象を描ききれておらず、薄味ゆえに飽きも早かったんだろうと。

 

今作はそこから一歩進んで、トンネルの先の風景を過不足なく描けていると感じます。東京のビル群、山梨の盆地と山と果樹園、雷が宇宙へと伸びていくチベットの山々。これらの空気を薄っぺらい言葉に頼らず、地に足付いた音楽へと変換できている(詩にはまだまだ不満はありますが)。レミオロメンを褒める時によく使う「土の匂い」がする作風がちょっとだけ戻ってきたかなと。

 

もう一つ、嬉しいこと。アフリカやチベットに旅行ばっかり行っていた藤巻氏が、ようやくその経験をストレートに曲としてアウトプットしてくれたことです。

彼の目で見たチベットの風景がどんな曲になるのか、ずっと楽しみにしていたのに遅々として制作が進まず、「行くのは良いけどさっさと曲書いてくれよ」とモヤモヤだけが増す状況になっていましたが、やっとやっと形になった。クオリティ的にも、待ってました!という感じです。

 

基本的にドラムとホーン以外はほとんどの演奏を藤巻氏自身が担当し、編曲も手掛けています。

【各曲レビュー】

1. 優しい星

宮司氏がドラム。東京のスタジオでレコ―ディング中、ビルの屋上で空を眺めたことから生まれた、とのこと。

低い藤巻氏のコーラスから、穏やかなアコギのアルペジオが流れ始める。

ねえ 君が思うような男じゃないけど
大切な人を守れるくらいになりたい
心の砂漠に水を与えたら
優しさの種を蒔こうか

レミオロメンの1stアルバムから、朝顔のサビを連想させる歌い出し。

砂漠を歩きましょう 月は砂をなじる 一人で歩けるさ 朝顔の種を蒔き

朝顔は簡単に言えば「心に潤いを保って、孤独な砂漠でも夢の花を咲かせ続けたい」という歌です。その思いへの原点回帰との見方もできると思います。

珍しく「男」と性別を特定していますが、男女間のラブソングというより藤巻氏本人を歌っていると捉えるのが自然かと思います。

セメントの街に花を咲かせたら
ビルの屋上で 空を抱きしめ
涙が出るほど 悲しい日だって
一人じゃないよな 優しい星よ

「一人でいる悲しみ」を明言したのは新しい。日々是好日と違い、現状認識がしっかりしている。

冬の訪れを誰も避けられず
春の温もりが心にしみる
人はそれぞれに帰る場所探し
一人きりの部屋優しさの影

時関経過と、冬の訪れの受容。でもそこにあっさり絶望しないのが、今回はひと味違うなと感じさせる一節。

あの頃はバカすぎて
人の痛みも分からなかったよ

4月晴れの中一人見た桜
華やぐ世界が眩しすぎたけど

冬を越えて一人になってしまった藤巻氏。彼にとっての華やぐ世界が何を指しているのか読みにくいですが、桜は「手にできない移ろいゆく美しさ」なんでしょう。

2. Blue Jet

チベットで生まれた曲。ギターもブラスも全力で鳴りまくる、今作最大のハイライトです。ベースは前田氏。

タイトルは非常に高い空でのみ発生する、雷が宇宙に向かって落ちていく現象を意味するそう。近年ようやく写真の撮影に成功したばかりで、メカニズムはよく分かっていないらしい。曲からは人知を越えた壮大さ・ワクワク感や不思議な民族音楽のテイストが感じられます。

gigantic-jet-china *1

 

歌っているのは音楽という人と人を繫ぐ「橋」に関することです。

藤巻氏は粉雪での大ブレイク以降、大衆の共感を大切にすることと、自分の表現を貫くことの矛盾について、不器用なまでに悩み倒してきたアーティストです。

共感を吹っ切って作ったのがオオカミ青年であり、その反動が日々是好日。

この曲はようやくその足踏みから一つ進んだ結論が提示されています。

欲望が行きついて 何になった
悲しみが過ぎ去って 誰になった

声を届かせて 青い空の下
やがて悪夢から 覚めて雨あがる
風が吹き去って 人が立ち去って
何も残らない 自由を満たして

喪失感の中、悲しみの中でも歌うことを「自由」と受け止める。

つくりかけの橋みたいな気持ちで
濁流を受けている心と身体
果たすはずの約束 待たせてる人
みんなみんなそれぞれ 違う橋を渡ってしまって
とり残されたとして

人は通らない それで構わない
ただここに生きて 橋を架けてゆく
雲が立ち込めて 犬も吠えなくて
誰の気も引かぬ 自由を満たして

この2番最高です。半端なまま人を待たせている橋とは藤巻氏自身。人を繫ぐでもない、誰の気を引く物でもない自由を肯定してしまう。

空はこんなに広く 誰のもんでもなく
寂しさなんてなく 優しさしかなく
だからせめて

声が届くなら 雪解けのような
見向きもされない 温もりになりたい
使い捨てられた 代わりの効かない
本当の愛を 呼び醒ませ Blue Jet

雪解けのような自然な暖かさ・優しさを与えたい。でもそのためにはまず、自分自身が代わりの効かない存在として、もっともっと自由でいなくてはいけない。

立ち上がれよ Blue Jet
蘇れよ Blue Jet
天と地を結んで
悪夢を終わらせて

風が止まぬ間に 誰も知らぬ間に
愛を身にまとい 突き抜けろよ Blue Jet

雷=電子=音楽の橋。橋は人と人、過去と現在を繫ぎ、悪夢を終わらせてくれるはず。

共感に縛られすぎず、自分らしい音楽を続ける。それでも人は付いてきてくれるんだと確信できています。 

 

湧き出るものを信じる、藤巻亮太 クリエイティブ願望溢れた新譜/インタビュー | MusicVoice

音楽を作ることは、そういう未来よりも、今その橋を架けようとする切実な想いや、なぜ架けたいと思っているのか、そういう自分の想いと向き合っていくことなんです。結果として、誰も渡ってくれなければ僕は失業ですけど(笑)。そういう怖さもありながら、自分を信じて進んで行く。結局それしか出来ないのかなと思いながら書きました。そういう覚悟みたいなものを、この曲を作りながら決めました。

これまたネット上のインタビュー記事の引用ですが、よく言った藤巻!と叫びたくなります。

3. Have a nice day

壮大な2曲から急転直下してお気楽ポップソングに。「世界の果てで泳ぐオスとメスのクジラ」というフレーズを言うがために発展していったそうです。

跳ねるように刻まれるギターと軽快なブラスのイントロが印象的。ベースは前田氏。

良い意味で適当な歌詞と耳に残るサビと動き回るベース。どこかレミオっぽさもあって、懐かしさ漂う一曲です。

春色のキスをしようよ いつもの朝とはぐれて

愛の口づけしなきゃ 海の底で僕ら溺れてしまう

キス、口づけがテーマになっています。やはり藤巻氏にとって「理想の世界」=「春」の図式が成り立っているようです。

思い出と未来のあやふやなキスをしようよ

今初めて出逢ったような

そのキスは時間をも超えると。アコギとベースだけになって、メロディアスなベースが一気に表に出てくるのがとても楽しい。

4. another story

編曲・ピアノ小林武史、バイオリン沖祥子というある意味落ち着く布陣。

静かなすれ違い、あり得たかも知れない2人の未来を想像しながらも、悲しみに沈んでいくバラードです。「恋の予感から」「夢の蕾」系だと本人談。ピアノの音の深みはさすがだなあという印象。

冬の夜の不安定感を描かせたら藤巻氏の右に出る者はいないと思うんですが、その系統にはあります。特にAメロが良いです。ちょっとだけ「オリオン」っぽい。サビはやや平たんな気がしますが…。2013年ごろからずっとライブで歌ってましたから、本人的にはお気に入りなんでしょう。

もう会えないね 電話越し

月が海へ落っこちて 夜は一層暗くなって

眩しすぎる朝に耐えられぬまま

僕は溶けてしまった

受話器越しの会えない2人の不安と言えばレミオロメン1stシングル「電話」を連想します。「電話」の先にあった別れ、なのかもしれません。

5. マスターキー

前曲でちょっとブルーな気持ちになるんですが、そこから奮い立たせるような藤巻氏の叫びとアルペジオ

この曲は世界中の景色を見つめてきた藤巻氏の旅の曲であり、藤巻氏が旅で掴んだ新境地、すなわち「周囲の状況(鍵穴)が変われば、自分らしさに固執するのではなく、自分がマスターキーとなって道を切り開けばよい」との思いが描かれています。Blue Jetに次ぐ重要な曲でしょう。ライブでもとても良かったです。

Aメロで言葉をフォーキーに詰め込んでいます。あふれ出る感情と対比されるような、足腰の強いバンドサウンドと、細かく切って歌うサビ。通底するのは藤巻氏の淡々とした決意です。これもベースは前田氏。

鍵穴に合わすよに 何度も自分を変えていける

ドアの向こう何がある

マスターキーそれは心の中

鍵を開けて世界へ出よう

胸の永遠を陽に晒し

青の塊を赤く染め

黒を研げ白を野に放て

表も裏も自分の顔

ここで言いたいことは言い切ってるなと思います。胸の永遠ー自分らしさを晒す。そのためには青を赤くすることもある。オオカミもヒツジも、暗さも明るさも捨てず、そのままで解き放ってしまえばいい。

冬の中で落としてしまった 心の鍵

やっと見つけたら 鍵穴の方が 変わっていたのさ

何を見ている? ふるいパラダイム 

こちらは、粉雪のヒットから自分を見失う中で生まれた「パラダイム」という曲の歌い出しです。この曲では鍵を無くして鍵穴が変わった後、心をノックする音に従うようにドアを開け放ったら一気に雪が吹き込んで景色を一変させた、それでも元の自分は変わらないはずだ、という形で心境をまとめています。

olsen-revue.hatenablog.com

マスターキーと比べると、外的な変化に受動的に対応しようとしていたパラダイムの頃から、自ら道を切り開こうとする藤巻氏の精神的な成長が伺えます。藤巻氏は「本来20代のうちに経験すべきだった苦労を、レミオの早い成功によって味わわずに済んでしまった分、30代で苦しんだ」と語っていますが、その苦しさを越えた思いが顕著に現れていると思います。

 

6. 波音

マスターキーでリセットされた感情からスッと聞こえてくるのは、「love love love」なんてコーラスすら入ってくる、とても前向きで優しいラブソング。

単純にメロディとアレンジが素晴らしい。3月9日などに代表されるように、ギター主体のバンドサウンドでありながらきちんと大衆性を保てる藤巻氏の才能が炸裂しています。この曲はether辺りに入っていても全く遜色ないと思います。

待ち人の名も過ぎ去りし日も忘れかけた頃

出会いは眩しい 太陽の贈り物

再出発です。

会いたい君と夏の海と空

編み込んだメロディーみたいにキスをしよう

永遠だけが寄せては返して

波音みたいに一つになろう

この歌詞のセンスはまさしく藤巻節だなあと。

当然、レミオロメンの「波」への意識はあるのでしょう。

過ぎ去りし日を 見つめ なくしたものばかり見ようとして

日が暮れていく 影が伸びていく

寄せては返し 返してはまた寄せて

二人はまるで愛のように返した

他にも「夏 コーヒー」とか「雨上がり」「愛の木を育てましょう 水をあげて」等、初期っぽいフレーズが使われています。

7. go my way

暖かく前向きな気持ちになったところで、先行シングル。レコードB面の始まりっぽい。ライブの1曲目の定番になりつつあります。紆余曲折を全て今の自分だと受け止めようとする曲。これもanother story同様、サビがちょっと弱いか。大サビのへんてこ感は好きです。
遠回りもしたけど 回り道もしたけど
ここまでの道のりが今の僕を作ってる
go my way go my way

藤巻亮太 「go my way」-動画[無料]|GYAO!|音楽

8. 紙飛行機

今作唯一とも言っていいアップテンポなギターロック。ソロ1stの「キャッチ&ボール」にも似ています。ドラムに神宮司氏。相変わらず音が繊細かつ楽しそう。

レミオロメン10周年記念の「雨上がり」のリアレンジにも顕著でしたが、非常にクリアなギターサウンドが展開されています。田舎感・オルタナ感皆無な様子が、レミオロメンのバンドの変化とも重なる。

昔のレミオロメンが好きな自分からすると、正直ちょっと物足りないんですが、こういう音って昨今の流行りなんでしょうか?

歌詞的には、今の自分と、過去の友人へのメッセージ。次の北極星への伏線になっています。

紙とペンで夢を描いたら メロディーの向こう 風をつかまえて

どこか遠くへ連れてって欲しかった

紙飛行機飛んで飛んで

故郷の街が小さく見える

みんな元気かい 俺は変わった

胸のざわめき その先を行くのさ

紙とペンだけで音楽を始めた頃の思い。山に囲まれた山梨時代を振り返って「あの山の向こうには何があるんだろうと思っていた」という藤巻氏。未知のものへの期待感を音楽に込めていた若々しい衝動を、紙飛行機に喩えています。

同じように戦っているあいつの顔を思い出したよ

紙とペンで夢描くよ

そしていつか会いに行くよ

それぞれの道を歩む前田氏や神宮司氏。時間は過ぎても相変わらず紙とペンで戦っている藤巻氏が、会いに行くと宣言する。

9. 北極星

曲作りに煮詰まって、試しに山梨の公民館を借りてみたら地元の空気感に影響されて生まれたという曲。完成後、前田・神宮司両氏に音源を送ったそう。今の藤巻氏の2人への思いが詰まっている。

僕らが過ごした時間は永遠だよ

終わりが来たとしてもそれは始まりの意味

真っ直ぐじゃないけど 全部正しくもないけど

僕が選んだ道をこれからも歩いてゆく

橋のない川を 船のない海を 風のない空を 光のない森を

越えてゆける 勇気をほら 僕らは心に宿して

橋のない川を越える決意はBlue Jetでも歌っていましたが、その勇気を最後の最後に「僕らは」と持ってくるのが熱い。

藤巻亮太 「北極星」-動画[無料]|GYAO!|音楽

 

果たして、今アルバムがレミオロメン復活への布石なのかは分かりません。オオカミ青年リリース後にも再結成を検討したそうですが、その時と比べても今のソロとしての充実度は段違いです。そんな今の状況で、再結成するのが藤巻氏にとって最良なのかと言えば、先日の昭和女子大での安定したライブを見ていても、ちょっと疑問なのかなというのが私の感覚です。

 

10.愛を

美メロと孤独感に満ちた歌。すごくキャッチーで、ドラマのエンディングとかにも合いそう。正直アルバム初聴時は、北極星からの流れでちょっと泣きました…。

エフェクトの掛かったギターイントロから、アコギ一本でとうとうと歌う寂しさ。次第にギターが絡み、サビで藤巻氏を支えるように響く河野圭氏のピアノがまた泣ける。

ずるい自分をさらけ出して 誰からも嫌われてしまいたい

偽物の優しさでは 夢から覚められない僕ら

自分の中の毒を認識しながら、

サヨナラはせめて愛の中

苦しいのは恋が美しいから

勝手な人生を生きるより

愛を 愛を 愛を

みんなみんな思い出になって どれもこれも届かなくなって

せめて愛に満ちたサヨナラを。「せめて」に苦しさが滲んでいて良い。

11. Life is Wonderful

もっと綺麗に終われたとも思うんですが、アルバムラストにあえてぶっ込んできています。

打ち込みの3拍子と浮遊感のあるギター。穏やかな曲調を壊すように、間奏にはcreepばりの「ガガッ」が入っています。眠り=夢と現実の狭間の奇妙な感覚と、それでも揺るがない思いを歌にしている。

正直か嘘か 昼か夜の闇か 運命を決めるのは今の僕ら自身

胸の奥の夢と希望 表側へ開く扉

そこで会いましょう 新しい君と僕と世界で

日々色んなニュースがあって曜日も変わるのが「世界」だとして、僕らも日々変わっていこうというマスターキーの主題を、日常に置き換えている。

 

Bonus Track(初回盤のみ)

12. LIFE

ツール・ド・東北のテーマソング。「応援しているつもりの人に励まされる」という大会のテーマが歌詞のコンセプトにあるそう。ミュージシャンとファンの関係もそうだよなあ、と思いつつ。

日々是好日(アルバムでなく曲の方)の時も思いましたが、この手のシンプルなポップソングは、藤巻氏くらいならサクッと書けるんだろうな、と感じます。良い曲。

感情線を そして生命線を やがては運命線をも書き換えて

なりたい自分に近づいていくんだ 僕たちは

考え方→行動→運命。「深呼吸」を思い出します。

領海線を そして国境線を

やがては僕とあなたを隔てる線をすっと消しながら

藤巻亮太 「LIFE」(ツール・ド・東北 公式テーマソング)-動画[無料]|GYAO!|音楽

13. 3月9日

「応援」をキーワードに、タブゾンビにブラバンみたいなことをやらせるという企画。

この曲に関しては詳しい説明は不要でしょうが、新アレンジで「3月9日にはこんな側面もあったのか」とちゃんと感じられました。「この曲を一番知り尽くしているのはやっぱり本人なんだな」と改めて感じました。

 

「完全復活」のためには不満点も書いておきます。

・歌詞

「ありがとう」「君が好き」言い過ぎ問題。風のクロマからずっとそうですが、決めのポイントにいわゆるJ-POP的なストレートな歌詞を配置することが多く、どうしても浮いている感じが否めない。ここはもう変えようがないのでしょうか。

・強烈な曲がない

ハロー流星群、月食、かすみ草。レミオ時代だったら確実にお蔵入りしていたであろう、聞き手も引いちゃうくらいヘビーな楽曲が入っていないです(Blue Jetにちょっとその香りがするくらい)。この手の曲は「突然降ってくる」らしいので、意図的に抜いたというよりも、今回たまたま生まれなかっただけだとは思いますが、せっかくのソロアルバムなのでやっぱり欲しかったなと。*2

・キャッチーなシングルがない

go my wayが配信限定の先行シングルですが、明らかに地味。北極星もどちらかというとファンに染みる曲ですし、分かりやすいテーマソングがあってもよかったと思います。

キャッチーさに関しては、LIFEと(当然ですが)3月9日が突き抜けていると思うので、その意味でボーナストラックも含めた13曲入りだと捉えると全体のバランスは多少良くなります。*3

*1:こちらのサイト(https://earthreview.net/gigantic-jet-lightning-over)からの拾い物です。

*2:日々是好日で明らかに浮いているかすみ草をこっち収録でも良かった気も、というのは結果論でしょうけれども。

*3:オフィシャルの番号表記が3月9日まで通しで書いているのも、案外そんな意図があるのではと勘ぐったり。

【Matthew Sweet】パワーポップとGirlfriend

 

パワーポップというジャンルがあります。ものすごくキャッチーで、好きな人は好きだけど、近づかない人にはかすりもしない。でもそこそこ歴史があって、今も続いている。そんなちょっと変わった音楽の魅力を紹介できたらと思い、筆を執りました。

 

ジャンル分け自体が曖昧模糊としたものですが、ここでは一端「ビートルズから親しみやすいメロディとギターサウンドだけを抽出したような、ビートが跳ねてる感じでコーラスがよく入る、シンプルな歌もの」と定義しておきます。*1

 

70年代初めに既存のロックへの反発からパンクが生まれ、ニューウェイブへと進化していきますが、その流れに逆らう形で70年代後半に生まれたのがパワーポップです。*2

パンクが王道への裏返しだったのに対し、そのパンクをさらに裏返した結果、表になったような。今の感覚だとしっくりこないですが、コステロもパンクの亜流・ストレートなロックンロールという意味でパワーポップと呼ばれていたらしい。

そもそもがイギリス発の潮流であり、ニック・ロウとかXTCとかラズベリーズ辺りを元祖と呼べばいいんでしょう。

 www.youtube.com

 

チープトリックもパワーポップの一員に数えられるそうです。ザ・ナック、フレイミン・グルーヴィーズ…70年代後半~80年代前半は、アメリカ発のパワーポップが輝いた時代でした。

残念ながらこれ以降、この種の音楽は「ダサい」扱いとなっていきます。確かに、一部のバンドに関しては、80年代の商業主義チックな雰囲気と60年代の悪い意味での古臭さが結びついて、何とも安いアイドル感が出ていたのは否めないとは思います。*3

 www.youtube.com

ただ一方で、例えば80年代半ばからマシュー・スウィートやザ・ポウジーズが米国内のインディペンデントな領域で地道に活動を続け、R.E.Mのマイケル・スタイプとも交流していたといったエピソードを聞くと、冬の時代だった80年代パワーポップも、オルタナグランジといった次の時代に向けた種を蒔いていた…というのは甘い評価でしょうか。

 

そして、マシュー・スウィートが91年に発表した3rdアルバム「Girlfriend」で、パワーポップは息を吹き返します。相次いでヴェルヴェットクラッシュや、ジェリーフィッシュTeenage Fanclubなどが登場。グランジと一定の距離を取りつつ、最後にはオルタナムーブメントに乗っかって、ウィーザーが大成功を収め、2000年代のFountains of Wayne辺りに繋がっていきます。

www.youtube.com

↑有名ですが、この界隈で一番好きな曲です。疾走感が素晴らしすぎる。

 

 www.youtube.com

キャッチーではあるものの、世間的に大ヒットを飛ばすでもなく。かつ「分かりやすい」のでコアな音楽ファンから下に見られがち。悪く言えばどこまで行ってもビートルズビーチボーイズザ・フー劣化コピーですが、いつの時代も喜んで時代遅れを引き受けてきた音楽であり、常に一定の需要を保ちながら生き残ってきたジャンルです。*4

 

【Girlfriend】

ものすごく雑にパワーポップの歴史を紐解きましたが、要するに言いたかったのは、Girlfriendが素晴らしいアルバムであり、このジャンルを語る上では外せないということです。

1991年というのはすごい年で、「Nevermind」「Ten」のグランジ勢に加え、「Metallica」「Screamadelica」「Loveless」に「Innuendo」と、バンド名を記す必要が無い名盤が各ジャンルで連発されていますが、それらとも全く劣らない90年代を代表する作品だと思います。

           f:id:olsen-revue:20171125183324j:plain

マシュー・スウィートは86年にデビュー作「Inside」、89年に「EARTH」と2枚のアルバムをリリースしましたが、いずれもセールスはパッとせず。個人的に両作とも、丁寧ではあるが、パンチ不足っちゃそうなのかなーというのが印象です。

 

そこから生まれた会心の一作。何が良いって、音のバランスが素晴らしい。ざらっとしたギターに絡む甘いメロディ。歌を中心にしつつも、生々しい音作り。

また、中川五郎氏の日本版の解説に書かれていますが、1・2作目よりもドラムが格段にかっこよくなった。ギターはテレビジョンのリチャード・ロイドとルーリードのサポートだったロバートクインが脇を固めており、解説から引用すると、

要するにマシューはこのサードアルバムのレコーディングをドラム/ベース/ギターのもっとも基本的な“生の”ロック編成で貫いているのだ。…だからこそ“ドント・ビー・アフレイド・トゥ・プレイ・イット・ラウド”と自信を持って言える見事なロックアルバムに仕上がったのだと思う。

ということです。

歌詞はストレートなラブソングや失恋の歌が並んでおり、 2ndアルバム発売後、離婚や契約破棄など、色々と苦労してきた思いが滲みます。

 以下、各曲に一言ずつ。

1. Divine Intervention

ノイズが入ったり、一瞬曲が止まったりとサイケデリックな変化球風でありながらも、軸はシンプルなギターロック。

We are all counting on his divine intervention

「神聖な干渉を待つ」とは、ギターロックの可能性を指していると考えるのは深読みでしょうか。

2. I've Been Waiting

ギターの瑞々しいこと。イントロが一瞬スピッツの「群青」にも似ている。フォーク風味でサビのコーラスで和む。

www.youtube.com

PVは日本のアニオタであるマシュー・スウィートの趣味が炸裂。好き過ぎて左腕に入れ墨まで入れたというラムちゃんが登場するカオスっぷり。

 3. Girlfriend

タイトルトラック。歪んだギターがキャッチー。後半のファンキーな展開が格好いい。

www.youtube.com

4. Looking At The Sun

芋臭いAメロからすっ飛ぶサビに涙腺が緩む。ミドルテンポの優しいポップス。

5. Winona
ペダルスティールギターが歌いまくるカントリー調なバラード。女優Winona Ryderへの一方的な思いを語り続ける。

6.Evangeline

イントロから繰り返される、心地よいリズムギターと、ダサさとエモさの境界をうろうろし続けるリードギター、力強いドラム。最後のソロが泣ける。

Matthew Sweet - Evangeline - original - YouTube

曲終わりに、レコードのB面さながら、針の音がして入れ替え作業のSEが入る。

7.Day For Night

ブルージーなギターが響くラブソング。幻想的な感じ。

8.Thought I Knew You

歌い出しがR.E.MのLosing My Religionにも似ている気がする。もの悲しいアコースティックなバラード。 

9. You Don't Love Me

アコギにペダルスティールギターにピアノでカントリー調。マシュー・スウィートの繊細な歌声の良さが際立つ。

10. I Wanted To Tell You

軽快なアコギのカッティングから入る爽やかなギターロック。

11. Don't Go

もの悲しく歪むギターが印象的な別れの歌。

12. Your Sweet Voice

何重にも重ねたボーカルとコーラス。良メロ。ノスタルジックな雰囲気。

元々ここで作品は終わりだったらしく、もう一度レコードの音が。

13. Does She Talk?

ここからボーナストラック的な位置づけ。ブルージー。延々演奏が続くかと思いきやぶつ切り。

14. Holy War

珍しく大きなテーマが歌詞に。シンプルなロックナンバー。フレッド・メイハーのドラムがかっこよい。

15. Nothing Lasts

ほぼアコギ弾き語り。曲名はアルバムの元々のタイトル候補。切ない虚無感を美メロに乗せる。

 

文句なしの傑作ではありますが、ブックオフに行けば500円で並んでいます。一家に一枚、おすすめです。

*1:ここにネオアコっぽさが加わったのがギターポップ

*2:語源はザ・フーピート・タウンゼントが自分の音楽をそう呼称したことから来ているそう。Wiki情報。

*3:と言いつつ、チープトリックはすごく好きです。

*4:今の日本のメジャーシーンで言えばBaseBallBearは間違いなく代表的なパワーポップだと思っています。

【Base Ball Bear】光源 残酷なエバーグリーン

 2017年4月12日発売の7thアルバム。

小出祐介氏の世界観とメッセージが丹念に描き込まれた6th「C2」や5th「二十九歳」に対し、今回は詩も音もゆるーく脱力していて、リラックスして楽しめます。

もともと彼らが持っていたシティポップ感が、ギター湯浅の脱退によってよりストレートに出てきたのは間違いないでしょう。ギター縛りの中でギリギリを表現しようとする悲痛な攻撃性が印象深かったC2とは対照的です。

また、4th「新呼吸」以降、虚構の青春を演じるよりも「真顔の自分らしさ」を求めてきた彼らの世界観の延長線上にあるとも言えます。この真顔っぷりはやっぱり最近のベボベらしくて魅力的です。

 

音に関して言うと、とにかくベースの関根さんが雄弁。ドラムの繊細な音色との絡みで十分お腹が満たされるので、ギターが難しいことをやる必要がない。「ギターがおまけ」になったベボベの新境地。

具体例が思いつかないのですが、イケてるツーピースバンドってこういうことをやってるんだろうな、と思いました。あるいは、スリーピースで言えばやっぱりトライセラとかペトロールズとか。

 

ベボベと青春】

小出氏からすると、青春とは「突然クラスメイトから無視された学生時代」であり、彼らを見返したいとの一心で「偽の『青春』を歌うロックバンド」を続けることでもありました。*1

その精神の空虚さに小出氏が気付いたのが最初の武道館公演。「もう一度自分を見つめなおさなきゃ」と、3.5th以降のベボベは青春から遠ざかっていきます。

ところがC2の歌詞製作時に、再び青春のモチーフが現れた。そこで小出氏は、「どれだけ青春の清算を図ろうとも時間は戻せないし、あの頃に『起き得たこと』を再現することはできない」という考えに行き着く。

 

C2→ベスト盤という最高のタイミングで湯浅が抜けたことも含めて、過去と現在の自分を、あえて青春というフィルターを使うことで相対視する。

 

青春を取り戻したいとか、乗り越えようとするのではなく、消えない光を対象化し、今の自分との距離を描くことで、時間経過の奥深さを捉えようとする。それが、この「光源」です。

                                               f:id:olsen-revue:20171103154950j:image

【並行世界に思いを馳せる第二の青春】

C2より、「どうしよう」の一節。

青春が終わって知った 青春は終わらないこと

ジャケットが象徴するように、光源と今の自分が二世界に別れたまま「あり得たかもしれない自分」を想像する、大人になった主人公の視点が貫かれています。

大人になっても青春に悩まされ続ける。そんな自分を肯定も否定もせずに、有り体に描写しているとも言える。

このスタンスを希望と捉えることもできるでしょう。「二十九歳」でアルバム一枚をかけて立ち向かった「苦い青春の呪い」は、否定すべき物でも乗り越えるべき物でもなく、自分の存在そのものなんだと。そこに縛られる自分に歪さを感じる必要はない、という自己肯定なのかもしれません。

 

【青春に対する私見とアルバムの感想】

個人的に、青春とは「まだ出会っていない自分の理想」を追い求めることだと思っています。理想の女の子でも良いし、理想の音楽でも、理想の映画でも良い。

どこかに自分にぴったりの存在がいるはず。まだ自分が世の中の真実を見出せてないだけ、という妄想。


「社会で生きる」とか「大人になる」とは、そんな妄想に見切りを付けて、現実と向き合うことです。

 

とはいえ大人になっても、CDは買い続けているし、「これが人生ベストになるのかも」と期待しながら映画館に足を運ぶ自分がいる。これだけ過去の名作がアーカイブされた時代に、なぜ新作を聞くのかと言えば、それは、自分の理想形にアクセスできるかもしれないという開けた可能性に対して、年齢に関わらずワクワクできる行為だからです。

 

だから、自分にとっても小出氏が描く「青春の継続」というテーマは腑に落ちる部分もあります。

 

しかしながら、聞き込んでいくうちに次第に思い始めたのは、「いつまでも青春し続ける」ことは、案外簡単じゃないということ。大人になればなるほど、光源と自分との間にある現実の真っ暗闇を意識せざるを得ない。小出氏が武道館公演で感じたように、頭上の光ばかり見ていても、足元の現実は変わらないと。

 

自分自身、例えば音楽や映画に使ってきた時間とか、人生について考えを巡らせると、そこに潜む虚しさに全く無自覚ではいられないのも事実です。

そういう意味で、これからも確実に自分を縛り、人生の一部を浪費させ続けるという「青春」の「残酷さ」が、隙間多めの音や歌詞の中に眠っている気がする。

 

このアルバムが描き出す「永遠に手が届かない光源との距離感」=「空っぽの空間性」が、のんべんだらりとした「青春」を送る今の自分にナイフを突きつけているように思えて、切なく、苦しくなった、ということは付言しておきたいです。

言い換えると、「悲しいけど青春からは逃れられない」という大人のほろ苦さとかやるせなさが、時間経過と共にどこまでも広がる空間性として表現されている。

 

「いつまでも続くこと」を良くも悪くも受け入れてしまった大人のつらさ、「残酷なエバーグリーン」が形になった一作だと思います。

 

【結び】

「二十九歳」や「C2」は鑑賞後「こいちゃん大変だなー。がんばれー」という気持ちになりましたが、光源はまさに自分自身の問題として心に刺さりました。

 

二十九歳は色んなギターロックを詰め込んだ幕の内弁当ではあるものの、主題である「呪い」は小出氏の内面吐露的な側面が強く、大衆性から遠ざかっていったのは否めない。C2も、あまりの煮詰めっぷりゆえ、毎日聞くのはどう考えてもしんどい作品でした。

対照的に、今作は最近流行りのオシャレポップス、ドライブミュージックにも使えるようなサラッとした仕上がりです。

なのにちゃんとこうやって「刺さる」、これは表現としてなかなか高い領域に達しているんじゃないかとも思います。

 

 【各曲あっさりレビュー】

①全ては君のせいで

邂逅するはずのなかった「君」=「光」と、掛かるはずのない橋の上で一瞬すれ違うパラレルワールド。シンセが鳴りっぱなしで、曲全体が夢の中にいるような感じ。今作の主人公はこの経験に心を捕らわれ続ける。
Base Ball Bear - すべては君のせいで

現実と夢が交わるようで交わらず、でも最後のサビで本田翼=夢がベボベ側に現れて音楽に乗ってくれる、という映像。Darlingに出てくる琥珀色のリボンを付けている。

「本田翼が可愛いだけのPV」とよく揶揄されますが、今作のテーマを考えるとまさにそれで良いんだと思います。本田翼が象徴する「意味」は受け手がそれぞれ考えれば良くて、とにかく綺麗なイメージだけがこの歌の主人公のように焼き付けば十分だと。


ベボベの背中越しに光源が輝くこのアー写とも同じです。「自分がスターになれるわけじゃないが、光を求めてしまう」という目線。

 

②逆バタフライ・エフェクト

花を摘んで花束にする=過去の選択の集積。

「玉虫色の未来」という表現が良いです。エフェクトを多用しておらず、今の3人が鳴らせる音、という感じがします。トライセラっぽい。

自分こそだよ  運命を愛しな

突き放した感じもある。

決められたパラレルワールド

この現実をどう捉えて生きるべきか、ここから一歩先の「結論」は、このアルバムの中ではあえて示されない。

 

③Low way

「不思議な夜」のパラレルワールド。真夜中を一人で歩く。バンドの足腰の強さとホーンの絡みが良い。全然ギターいらねえじゃん、と思っていたら後半カッコいいソロが入ってくる。

 

④(LIKE A)TRANSFER GIRL

「Transfer Girl」のパラレルワールド。カッティングにエレピ。Bメロが特に好きです。サビも、昔のベボベにこの広がりは出せないよなあと思うとグッとくる。

 

寛解

ギターもドラムもベースもエレピも全部気持ち良い。ちょっとだけペトロールズな感じ。あるいは東京事変の「体」とか。今作だとこれが一番好きです。

 

⑥SHINE

「死ね」でもある、ストレートなギターロック。寛解からの落差は狙ってるんでしょう。1番で学生が青春の光に向かって突っ走って、2番で社会人になって絶望する。それでも最後に1番の歌詞を繰り返す。サビ頭の歌詞はどうしたって岡村靖幸を連想してしまう。

 

⑦リアリティーズ

辛い青春ゾンビからの開放。「桐島、部活やめるってよ」を思い出した。青春に苦しんでいた昔の自分に、大人になった自分が「正解はピラミッドの外にある」と諭す。

 

⑧Darling

もともとアルバムの「結論」めいた2番の歌詞があったのを削って、1番の繰り返しにしたらしい。小出氏自身が語っていますが、琥珀は時間の象徴。まさしく「あったはずの物語」に想いを馳せながら、幾億秒という時間を「全ては君のせいで」の中の「一瞬」に消化し直す綺麗なエンディング。

マテリアルな僕を琥珀色のリボンで撫でていく

あの日のように 一秒で

青春は自分の過去・現在・未来を貫く光のリボンであり、時の女神であると。新呼吸でも「同じことの繰り返し」という命題には挑んでいましたが、あちらは「1日」というスパンで人生を捉えていた。今はそれよりも圧倒的に余裕があって、懐の広さとか射程の長さに大人としての成長を感じる。

*1:「バンドを演じる」、それ自体も相対化してます、みたいな優等生な雰囲気があんまり気に食わず、正直この頃のベボベは苦手でした。もっと素直に歌えば良いのに、という。

【Mr.Children】SENSEアリーナツアーを振り返る

 

ちょっと前の投稿になりますが、SENSEレビューで見た「虚構性を越えた希望」が、いかに表現されているか。ツアーで演奏された曲の歌詞を抜粋し、ストーリーを振り返ります。

ミスチルの歴史の中でも屈指の完成度のライブだったと思っています。

 

歌詞の抜き方、全体の解釈はこちらのレビューでのSENSE解釈をベースにしています。

olsen-revue.hatenablog.com

 

            f:id:olsen-revue:20170917114105j:plain

 【オープニング】

灰色の幕が開く。一人の少年が、誰もいない不思議な空間でルービックキューブで遊んでいる。彼がどこに行くのか、その行方を追う。

 

① NOT FOUND

僕はつい見えもしないものに頼って逃げる

君はすぐ形で示してほしいとごねる

ミスチルが虚像に縛られるもどかしさ。分かりやすさを求める観客と、分かりやすく割り切れない感情を歌にしたいというミスチルの思い。

愛という素敵な嘘で騙して欲しい

自分だって思ってた人格がまた違う顔を見せるよ

ねぇそれって君のせいかなぁ

もしかしたら虚像も活用できるかもしれないし、一度溺れてみるのもいいかもしれない。本当の自分が虚像なのか、もう境界も見えなくなってきた。

あとどのくらいすれば忘れられんのだろう?

目の前に積まれたこの後悔と憎悪

自分が積み重ねてきた虚像への嫌悪。

あぁ 何処まで行けば辿り着けるのだろう

目の前に積まれたこの絶望と希望

虚像を超えた先にある愛(I)を求める。

 

② HOWL

輝いてみえたモノはガラス玉だったとある日

気付いたとしたって宝物には変わりない 違いない

みんな「フリ」して

分かってて気付かぬ「フリ」して暮らしてんじゃないの!?

振り出しにいつ引き返してもいいやって覚悟でいたい

偽物だろうと構わず突っ走る。

ミスチルのこれまでの全てを無にしてでも進みたい。 

 

③ 名もなき詩

愛情ってゆう形のないもの 伝えるのはいつも困難だね

だから darlin' この「名もなき詩」を

いつまでも君に捧ぐ

NOT FOUNDと同じく、形にならない感情を歌(虚構)にしようとしている

 

④ I'm talking about lovin'

胸に秘めた不満も不安もさて置いて Ride! Ride! Ride!

君にしたって本能に翻弄されんのも悪くないんじゃない!?

HOWLと同じく、形にならない本能に従って突っ走ろうとする。

大きなシーソーの上で右往左往する

水面を行ったり来たり、というイメージとの繋がり。 

 

⑤ エソラ

この曲は全部の歌詞がそのまんまメッセージなんですが、あえて挙げるなら

明日へ羽ばたくために

過去から這い出すために

Oh Rock me baby tonight

ほらもっとボリュームを上げるんだ

 

ここで一端MCが入って小休止。

ここまでの流れは、

①=主題→②=突っ走る若者→③~⑤=若々しい恋愛や他者との無邪気な触れ合い。

 

⑥ HANABI

一体どんな理想を描いたらいい?どんな希望を抱き進んだらいい?

理想や希望の不安定さを理解し始める。

決して捕まえることのできない 花火のような光だとしたって

もう一回 もう一回

それでも光を捕まえようとする。

考えすぎて言葉に詰まる 自分の不器用さが嫌い

でもそれ以上に器用に立ち振る舞う自分のほうが嫌い

NOT FOUNDと同じ悩みを歌っています。希望を言葉にすることは難しい。でもなんとなくの言葉にして分かった気になるのはもっと嫌だ。

主人公は②~⑤よりも大人になり、現実の難しさを学んでくる。MCは挟んでいるものの、エソラからの流れは前作の踏襲にもなっていてうまい配置だと思います。

 

⑦ くるみ

ねぇ くるみ

この街の景色は君の目にどう映るの?

今の僕はどう見えるの?

仮の名前を使って呼び掛ける虚構性。複雑な社会を前にして迷っている自分は、以前のような純粋さを失ってしまった。

希望の数だけ失望は増える それでも明日に胸は震える

マイナスをプラスに代えるための衝動。SENSEの本質。

君のいない道の上

場面は⑥からさらに進み、孤独な道を歩み始める。

 

⑧ 花-memento mori-

負けないように枯れないように 笑って咲く花になろう

くるみのサビと同じく、辛さを背負いながら笑おうとする。

恋愛観や感情論で愛は語れない

この思いが消えぬように そっと祈るだけ

NOT FOUNDや名もなき詩と同じテーマです。

この曲からバンドの後ろにあった赤い幕が開いて、映像が流れ出す。ステージがいよいよ主人公の心の深い領域に近づいていると視覚的に伝える演出です。

 

⑨ 【es】~theme of es~

よろこびに触れたくて 明日へ 僕を走らせてく「es」

内面の衝動を信じようとする。ここまで来るとだいぶ内省的なモードに。

「愛とはつまり幻想なんだよ」と

言い切っちまった方が楽になれるかも なんてね

愛をどう形にするか、悩み続けている。

後ろで流れる緑色の球の映像が生で見たらすごい綺麗だった。

 

⑥~⑨では主人公が成長し、内省的な悩みを重ねていく。

過去のヒットシングルを連発しており、ミスチル自身の心境にとっても深海的な「虚構の累積に沈んでいく」ゾーンとして機能している。

 

⑩ Dive~シーラカンス~深海

薄いスクリーンが垂れてきて、客とミスチルを断絶させてしまう。ミスチルが内側に、深海に引きこもる。

シーラカンス 君はまだ深い海の底で生きてるの?

シーラカンス 君はまだ七色に光る海を渡る夢見るの?

自分の内に眠る古びてしまった衝動。ミスチルの可能性がまだ生きているのか、自分自身に呼び掛けている。

連れてってくれないか 僕を 僕も

その衝動への思いを重ねる。

僕を僕を…と繰り返していった挙げ句、「I」に繋がる。

 

⑪ I

深海とは一転してスクリーンが開き、前に出て攻めてくる。この辺りの押し引きはこのライブならではで楽しい。

処方された薬にすがりつく「I」

支持してくれるスポンサーに媚を売る「I」

表面的なラベルに引っ張られる。

イメージは ドロップアウトした世界

さぁどうでしょう!? 誰も見ないワンマンショー

自己陶酔的だった90年代半ばのミスチルに対する皮肉。

泣いて傷ついたふりして

気を引いてみようかなぁ 

いっそのこと自分の利益のために演じてみようか。

この曲では「目に見えないものを追う」「他者のための虚構性」というSENSEのメッセージに対して、全く真逆の内容が歌われています。自我に縛られる苦しさを叫んでいる。

 

 

 ⑫「ロックンロールは生きている」のアウトロSE~ロザリータ

深海に沈みきった主人公が、消えてしまった衝動(ロックンロール)の鼓動をかすかに聞く。

あまりリアル過ぎぬように いつの日か笑えるように

君の名は伏せるよ 匿名を使って

くるみと同じく、虚構の姿を借りることで自分の絶望を相対化し、物語として消費する。

全体の流れで見ても、一番辛い心境を切り替えるきっかけになっている部分。ロザリータの虚構性が肯定的に響くのはこの配置だからこそ。

 

⑬ SE~365日

君をめぐる抑えきれない想いがここにあんだ

365日の言葉を持たぬラブレター

例えば「自由」 例えば「夢」

盾にしてたどんなフレーズも効力を失ったんだ

言葉にならない想いを何とかして言葉にしようとする。

 

⑭ ロックンロールは生きている

深海からの脱出。

レボリューション さあ次の世界へ

ロックンロールは生きている 君のそば

自由と希望を意味している Oh Oh oh

シーラカンス(=ロックンロール的な衝動)は死んでいなかった。

氏名住所血液型なんて皆忘れていいんだ 君をすっ飛ばせ

ラベルを脱ぎ捨て、衝動だけでぶつかる。

 www.youtube.com

 

⑮ フェイク

虚しさを抱えて 夢をぶら下げ 二階建ての明日へとTAKE OFF

くるみや花と同じ感情。

体中に染みついている嘘を信じていく

ミスチルが自身の虚構性を受け入れ始める。

飛び込んでくる音 目に入る映像

暫く遮断して心を澄まして

何が見えますか? 誰の声が聞こえますか?

いつまでも抱きしめていれるかな?

視覚化できない心の内側の衝動にどこまで誠実でいられるか。SENSEにこれ以上ない、というほどドンぴしゃな歌詞です。

 

⑫〜⑭は深海からの脱出。

⑮でそうした衝動もフェイクかもしれない、と相対化しつつ、それでもそんな思いを抱きしめていたいと歌う。

 

⑯ ポケットカスタネット

もう一度自分を見つめ直す。少年も過去と未来の狭間でぐるぐる。

つないだ手が語りかける 声になる前の優しい言葉

裏表のない次元でゆっくりと今 呼吸している

NOT FOUNDから続く「言葉にならない根源的な衝動」シリーズ。

社会の厳しさを知った主人公の時間は一度止まってしまった。しかしそこから成長し、子どもの頃から消えない優しい言葉を胸に、自分の足で歩き始める。

 

⑰ HERO

ずっとヒーローでありたい ただ一人君にとっての

ちっとも謎めいていないし 今更もう秘密はない

でもヒーローになりたい ただ一人君にとっての

つまずいたり転んだり するのなら

そっと手を 差し伸べるよ

(虚像に見えてもいいから)あなたのヒーローでありたい、という結論が提示される。*1

 

⑱ 擬態

アスファルト 飛び跳ねる トビウオに擬態して

血を流し それでも遠く 伸びて

出鱈目を 誠実を 全て自分のもんにできたなら

もっと強くなれるのに。。。

現在を越えていけるのに。。。

ミスチルがトビウオという虚像(ヒーロー)になって跳ね回る。

虚構も現実も引き受けることができれば今を越えていけるというメッセージ。SENSEの主題。

⑤のエソラを最後に客に歌を振っていなかった桜井さんが、最後にコール&レスポンスを入れてきます。長い潜伏を経て「他者のための歌」がようやく帰ってきます。
擬態 / Mr.Children

 

⑲ Prelude

アルバムレビュー参照。

七色の光を放っていた夢が

しぼんじゃったとしても 顔を上げな

深く考えないことが切符代わりだ

良識やモラルなんて 今はとりあえず棚の上へ

シーラカンスが見えなくなったとしても前を向け。衝動に身を任せろ。

夢幻を振りまいて 今その列車は走り出す

汽笛を轟かせて 躯体を震わせて 光の射す方へ

CD音源にはない、最後のサビ前の叫びの連発と「さあ 耳を澄ませてごらん」。

「声」でも歌っていた「言葉になる前の叫び・衝動」を観客に投げかけ、共有しようと歌いかける。ミスチルが一方的に叫ぶだけで終わらず、それを他者の希望に変えようとトライするのがSENSEらしい。

 

EN① 横断歩道を渡る人たち

昨日の僕が 明日の僕が 今目の前を通り過ぎていく

過去と未来の境界線に立つ自分。

「自分のためにしてるだけ」だと

「誰かの気を引きたいわけじゃない」と

自分のエゴと、他者に消費される自分。

 

EN② fanfare

悔やんだって後の祭り

もう 昨日に手を振ろう

さぁ 旅立ちのときは今

重たく沈んだ錨を上げ

自分を縛ってきた過去の重りを解き放ち、新たな旅に向かう。

例えて言うとすれば僕はパントマイムダンサーです

見えもしねえもんを掴んで天にも昇った気になって

擬態と同じく自分自身を虚像として比喩し直す。

やがて風船が割れ 独り悲しい目覚め

そんな日でも 懲りずに「ヨウソロ」を。。。

そして、そんな虚像が何度壊れたとしても、懲りずに続けたい。

歓喜の裏側で 誰かが泣く定め

それが僕でも 後悔はしないよ

後悔と歓喜のシーソーゲーム。それは逃れようがないんだと受容する。

 

EN③ Forever

アルバムレビュー参照。

Forever

そんな甘いフレーズに 少し酔ってたんだよ

過去の虚構性への後悔。

きっと嘘なんてない だけど正直でもないんだろう

ともすれば ともすれば

人は自分をどうにだって 変えていけんだよ

そういえば そういえば

君の好きな僕を演じるのは もう演技じゃないじゃないから

今度は虚構性を肯定する。ライブ映像ではこれまでの演奏シーンがフラッシュバックする。

どうすれば 君のいない景色を当たり前と思えんだろう

ミスチルが「君」の希望として生きる決意と宿命を歌う。

 

主人公の少年は孤独で、過去への後悔に捕らわれた世界から、時間が動き出し、仮面を脱いで他者のいる世界へ旅立つ。

 

最後に

Mr.Childen

Tour 2011 SENSE

という字幕がスクリーンに表示される。

 

これは、幕が開いて始まったミスチルのライブが一つの演劇・ショーであり、そのエンドロールがForeverだったということを示しています*2

 

ロザリータの物語性に主人公が救われたように、エンドロールをライブの最後に入れることで、このライブ自体を一つの物語(虚構)として相対化する。*3

パッケージ化することで、スクリーンの少年やミスチル自身だけでなく、観客もまたSENSEツアーという虚構を通して他者への希望を持つこのセットリストのストーリーを自分の物として消費できるようになるのです。

 

虚構と現実の境界を行ったり来たりしながら希望を見つけていく過程が、演出と曲の繋がりで表現されている。このライブのミスチルは演奏者というより、与えられた役割をステージ上で演じる役者に近い。

 

小林武史氏の「個別の作品をパッケージする能力」「いかにSENSEを物語化して売り込むか」という(音楽家ではなく)一般的な意味でのプロデュース能力を感じるライブだったなあ、とつくづく思います。

 

こういう俯瞰視点と作り込みが両立したライブは、正直今の4人体制では難しいんだろうな、と思う部分もあります。

 

EN③ かぞえうた

当然本来の「脚本」にはない曲。しかしながら、偶然かどうか分かりませんが、「希望を感じ取って一つ一つ灯していこう」という桜井さんが震災に対して感じた想いは、SENSEの精神ともきちんと繋がっています。だからこそ、SENSE-in the field-はこの曲を軸にした「SENSEのライブ」として成立したんだと思っています。

 

余談 DVD・ブルーレイの入れ物の話

SENSEツアーのDVD・ブルーレイが入っているディスクケースには、SENSEの幕の前でイスに座って向き合う生身の男女が描かれています。人間を抽象化して描くことの多いミスチルとしては異様な感じもします。

このライブで歌われるエゴの相克や他者への希望は、全体に閉じ気味のステージ演出ではあるものの、ミスチル側だけの葛藤ではなく、観客の日常にも続くものだし、男女の恋愛に置き換えてもらっても良い。SENSEの世界観を聞き手側に引き寄せてほしい。

繰り返しになりますが、作り手のそうした思いを感じます。               f:id:olsen-revue:20170917114424j:plain

 

*1:これって[(an imitation)blood orange]のライブでの使われ方と全く一緒です。

*2:映画Split the differenceのエンドロールもこの曲。

*3:そりゃライブなんて虚構だろ、という意見もあるでしょうが、このテロップが入ることでより虚構性が強調される。

【Elvis Costello】 「King of America」よりPoinsoned Rose

 

www.youtube.com

さっくり紹介シリーズ。

コステロ10枚目のアルバム「King of America」収録。

 

コステロは2015年に「サポートも同期もなく、ギターのみで30曲近く歌う」というなかなかパワフルなツアーをやっていまして、

 

ちょうど自分がアメリカにいた時だったので、うまいことチケットも取れて、このライブ見ることができたのです。(映像のニューオーリンズではなかったですが)

 

当日演奏された中には知らない曲も結構あり、ぶっちゃけこの曲もそうだったのですが、

 

ギターの響きと少し枯れたコステロ特有の歌唱が見事に響き渡って、すごく気持ちよかったと。陶酔するような、うっとりするような。この映像でも何となく伝わると思いますが。

 

帰宅後にセットリストを調べたらこの曲だと分かり、アルバムも即買いしたのでした。

(原曲も最高ですが、その時に感じた味わい、ということで2015年のライブ映像にしました)

 

なお、言うまでもありませんが、アルバムも素晴らしいです。

                                         f:id:olsen-revue:20171103000752j:image

一言で言えば「贅沢」。カントリーにフォーク、ロカビリーなどアメリカのルーツ音楽とコステロのアコースティックな部分がフィーチャーされていて、超豪華な演奏陣と、曲のシンプルさゆえに彼の歌が沁みる。

 

(これはだいぶアレンジ入ってますが…)

 

やっぱりアメリカツアーだとこのアルバムからの選曲が多くなるんでしょうか。

「アメリカのロック」がお好きな方にオススメな、安定感抜群の1枚です。

最近のスキマスイッチへのちょっとした不満と、「ミスターカイト/リチェルカ」


「奏」がラジオで流れまくってた頃、ツタヤに行ったら当時出たばかりの「ふれて未来を」を見つけて、なぜかそっちだけ借りて帰ったのが私のスキマスイッチとの出会いです。

 

一聴で軽快な曲調とバランスの良いアレンジ、そして特徴的なボーカルに心掴まれ、数か月後には「冬の口笛」の繊細な音作りに「こりゃ当たりだなあ」なんてニンマリしていたら、全力少年が大ヒットして、あっという間にスターの道を歩んでいきました。

 

そんな訳で、その頃からCDは買い続けるくらいのファンなのですが、最近の作品に思う所があったので書いてみます。

  

【コテコテしすぎではないか】

彼らは常に新しい表現を作品に取り入れて、音楽の幅を広げようとしてきたアーティストです。ミュージシャンシップという言葉がしっくりくるなあと常々思っています。

 

その魅力が一番分かりやすく出ているのがライブで、毎度毎度あっと驚くようなアレンジを入れてきます。この曲にこんな可能性が、彼らにはこんな引き出しがあったのか、と聞き手をびびらせてきます。

 

4thアルバム「ナユタとフカシギ」までの楽曲は比較的シンプルで、まさしくポケットミュージックのような気軽さが光っていていました。ある種淡泊にも聞こえる楽曲が、ライブで別の色を堪えて輝きまくるのがスキマスイッチの面白さだと思っていました。

 

潮目が変わったのは5thアルバム「musium」だと思っています。1曲目の「時間の止め方」のえぐるようなベース。溢れるライブ感。これがスキマなのかと。彼らのライブを再現するかのようにきっちりと作り込んだ楽曲は、当時は大変新鮮でした。とにかく味が濃い。

 

でも、ライブ盤ってたまに聞くから良いんだと思います。物足りないくらいの原曲があってこそのライブバージョンだろうと。

 

musium、6thアルバム「スキマスイッチ」と、じわじわとセールスを落としてきました。たぶん、理由の一つはアレンジの問題で、多くの楽曲が気軽さというよりも、「スキマのライブに来るくらい好きな層」が喜ぶようなきっちりした仕上がりになっている。これがライトなファンを入りにくくしている気がするのです。

 

無論楽曲は昔と変わらず素晴らしいのですが、マニアックというか手癖が強すぎるというか。誰もがサクッと聞ける「全力少年感」がなくなってきたと思います。ライブの良さが曲作りまで浸食してきて、悪い意味で差が無くなってきた。

 

もともとこだわり抜いた曲を作ってきた彼らですが、その捻りを聞き手に感じさせずに楽しませる技術も、魅力の一つだったはず。

 

J-POPを支える中堅どころとして、まだまだ彼らの役割は残っていると思います。職人的な音楽家であると同時に、大衆に開けていることを諦めず、もう少しシンプルな曲が聴けないものかなあと感じます。

(なお、文句は言いつつも、musium以降で言えば「ラストシーン」と「パラボラヴァ」は私が思う「スキマスイッチ」らしい素晴らしい出来だったと思っています)

 

 【ミスターカイト/リチェルカ】

そんなことを2年ぶりのシングルを聴きながら考えておりました。

4曲ともシングル扱いで、タイアップも3つ付いているなかなか豪華な作品です。

             f:id:olsen-revue:20171103003826j:image

 

ミスターカイト

スキマスイッチ」制作時にシングルで切ろうとした「ゲノム」の進化形。

打ち込みから入ってフォーキーに言葉を詰め込む。サビで大きく展開し、冒頭に戻る構成。 サビのメロディは、俯瞰視点になる歌詞と合わさって、アップダウンを付けながら空に舞い上がる感じが綺麗に描けている。村石雅行氏のドラムがめちゃくちゃ格好いい。

でもやっぱり変化球という印象。王道ではないよなあ。

その他思ったこと

・途中で曲調の一変するミスターカイト。タイトルはそのまんまビートルズの「Being for the Benefit of Mr. Kite!」から持ってきているのだろうか

・車両でつり革を見つめる→上を見る→カイトのイメージが広がる

・最後のピアノの一音が変化の予兆っぽくて良い

 www.youtube.com

 

②リチェルカ

テレ東の連続ドラマ『警視庁ゼロ係』の主題歌。

コッテコテですが、シングルらしくストリングスにブラスに、ど派手でありながら全体の音のバランスは整えつつ、その上にややこしいメロディが乗っている。ハイレベルだなあと思う。

この曲も村石氏のドラムがエモい。

歌詞は人生をRPGに喩えたもの。勢いの良さと韻踏みに配慮しながらもストーリーが転がっていくのはスキマらしい。 

リチェルカ

リチェルカ

  • provided courtesy of iTunes

 

③さよならエスケープ

マイナビ転職のCMソング。

コンセプトは「ライブサウンド、バンドサウンドの中にカラフルさを入れ込む」ことだそう。

そういう意図なら仕方ないのかもしれないけれど、音をちょっとずつチューンアップした結果、前半で書いてきた様に、彼らの小品的な魅力を損なってしまっている気がする。夏雲ノイズの頃のアレンジで聞いてみたいというのが正直な感想。

サビやAメロの歌い終わりに聴き覚えのあるフレーズが散見される気が。

最後の「時計はもう動いてる」の余韻の残し方は好きです。

「一休み」「ため息深く一つ」「一筆」「もう一息」など一が多いのはスタートの歌だからだろうか。 

さよならエスケープ

さよならエスケープ

  • provided courtesy of iTunes

 

④ココロシティ

メーテレ開局55周年の曲。 

すごく普通で、特に言うことなし。 

ココロシティ

ココロシティ

  • provided courtesy of iTunes